大熊Webデザイン事務所|大熊さん

文:高木亜希子 (あきこ商店) / 写真:KOZI Hayakawa (CUBE ART LAB.)


“何のための仕事?” の答えを探す日々

うきはでは珍しく雪が降ったとある日、クライアントである浮羽町の観光農園へ向かった大熊Webデザイン事務所代表の大熊さん。ご一緒にお邪魔しながら、「うきはで創業する」ことのインタビュー、はじまります。

クライアントである末次さんと。こちらの末次さんは、浮羽町で観光農園「やまんどん」を営んでいます。
クライアントである末次さんと。こちらの末次さんは、浮羽町で観光農園「やまんどん」を営んでいます。

うきは市出身の大熊さん。若い頃はハーレーダビッドソンというバイクに熱中し、バイク専門のエンジニアになるべく修行をされていました。が、その大好きなバイクで自損事故を起こし、本格的に社会復帰出来るまでに約4年。その時、大熊さんは30歳間近になっていました。

「再就職しようと故郷であるうきは市に戻ってきて就職活動をしたものの、なかなか就職に至らず、もうどうしようかと。それから、バイクの仕事で金属加工の技術は身につけていたから、それで身を立てようとしたものの、さっぱりでした。とにかく生活していくためにどうにかお金を稼がなければと。そこからです、我流で、マーケティングやデザインの勉強を始めました。何とかこれで生活していけるようになりたい・・・ともがいていましたね。」と語る大熊さん。

自損事故での怪我、そして就職失敗という体験が、大熊さんを「新たな道」へと後押ししました。独学での勉強と平行し、若手経営者向けの勉強会等へ参加したり方向性を模索する中、出会ったある先輩経営者に、「お前は何のために、誰のために仕事をするんだ?」と投げかけられました。

苦しい頃を振り返りながら。
苦しい頃を振り返りながら。

「それまでの自分は、とにかく生活のため、食べていくために仕事をしていました。けれど、それじゃあ駄目だと気づかせてもらいました。自分は、誰かに必要とされたいんだって。お客様の期待に答えたいんだって。」

この気づきが、大熊さんにとっての大きなターニングポイントでした。

「お客様であるクライアントにとっての課題は何?」をとらえ、「自分だったらどのように解決できる?」を考え、「解決するための能力や手段は何を身につけたら良い?」と模索し、出来ることから行動に移していったのです。

「地域に、社会に、「必要とされる人間」になりたい。」

怪我をし、再就職もうまくいかなかった時期に「誰にも必要とされていない」ともがき苦しんだ大熊さん。「地域の人たちに必要とされる人間でいたい、社会とつながり、自分の居場所を見つけたい」と強く思いました。

「今、振り返えると、自分が人や社会と接点を持ちたかった、コミュニケーションを取りたかったんだと思います。デザインやWebというのは手段です。そうした手段を使って、人や地域とつながっていたかったんだなと。必要とされる人間になりたいと。」

転機を語る大熊さん。
転機を語る大熊さん。

今は、クライアントの事業をサポートし、課題解決に一緒に取り組む事に喜びを感じています。必要があれば市の融資制度*1や小規模事業者が活用できる補助金*2など、自らが活用した情報も開示し、一緒に並走しながら乗り越えます。そうした大熊さんの姿勢が口コミを呼び、新たな依頼が入る事も増えてきました。

「次のステップを目指して」

創業時は1人だった大熊さんですが、現在は内外のスタッフとともにチームで事業に取り組むようになりました。

「チームになった事で、1人でやっていた頃とは違う課題・問題に直面してはいます。ですが、クライアントの課題を解決するために自分1人で出来る事は限られていますし、やはりチームの1人1人がキーマンです。皆で課題・問題を乗り越えて、お互いが切磋琢磨していく事が、クライアントに満足していただく事につながると思います。もちろん、僕自身の成長にも。」

現在、大熊さんの事務所では、中小企業のブランディングやホームページの制作、広告デザインなど様々な業務に取り組んでいます。そして地域の仕事も少しずつ増えてきています。

「今はまだ福岡都市圏の仕事が多いですが、地元はこの町なので、うきは近辺でもっと声を掛けてもらえるようにしていきたいですね。オンリーワンの存在を作っていきたいです。とにかくトライして、ストイックにもっと挑戦していきたいと思います。」

笑顔が最高な大熊さん。その眼差しは、熱く、前を見つめています。
笑顔が最高な大熊さん。その眼差しは、熱く、前を見つめています。