Case.23

楠森堂 | 河北家28代目 河北 幸高さん

人と自然がつなぐ“おもしろき味”
唯一無二のお茶が醸す地域活性のビジョン

文:大内理加 (大内商店) /
写真:Suzuki Akiko

楠森堂の河北幸高さん。河北家の28代目として、約5ヘクタールの茶畑の他に米、柿も耕作している

作り手の思いがこもった食べ物は、二つの喜びを持っている。味わう喜びとその背景を知る喜びだ。例えば、採れたての野菜が食卓にのぼった時、生産者や周辺環境などの話を聞くとより美味しくなった気がしないだろうか。逆に、その味わいから作り手の熱意を感じる場合もある。
手をかけたものが全て美味しくなるとは限らないが、美味しいものには必ずストーリーが宿っている。
大小さまざまな茶葉が急須の中で踊る時、私の頭の中にはうきはの大地に力強く根をはる茶樹の姿が浮かぶ。自由に外出できない今だからこそ、その情景に心を慰められている。美味しさのストーリーはそういう働きがあるのだと、楠森堂のお茶を飲んで気づいた。

ふぞろいだからこそ旨味は深まる
生命力みなぎる“在来種”の魅力

在来種の茶畑。性質が単一な接木種は病気や害虫に弱いが、在来種はさまざまな性質を持つためトラブルに強い。そのため、肥料や農薬は少なくても十分育つ。

楠森堂の河北幸高さんが育てているのは、「実生(みしょう)」のお茶。約2,000年前に中国から伝えられた茶の種や古来から自生していた野生の種子を育てた茶樹から採取されている。いわゆる「在来種」だ。かつては全国各地で栽培されていたが、昭和のはじめに改良された接木による栽培が主流となり、今や希少な存在になっている。

一般的なお茶と在来種の違いは、茶畑の色を見比べるとわかりやすい。
普通、茶畑と聞いて思い浮かぶのは、同じ色と大きさの茶葉を付けた茶樹が形よく並んでいる光景ではないだろうか。これは主流となっているやぶきた種の茶畑で、同じ品種の苗を継いで増やす「接木」による栽培によるもの。木々はどれも同じ性質を持つため、収穫時期も一定しており、管理しやすく生産性が高い。

対して、楠森堂の畑は淡いものや濃いもの、さまざまな緑が混じり合っている。近づいてみると葉の大きさも枝ぶりもバラバラ。異なる種子から育てられた茶樹ならではの特徴だ。生育スピードもそれぞれ違うので、茶葉を摘むタイミングを見極めるだけでも難しい。接木の茶畑に比べると半分量しか収穫できないという。葉の大きさも均等ではないので、市場価格も低い。河北さんが在来種の栽培を受け継いだ時は、同業者や周囲の人から「金にならんけん、辞めておけ」と散々止められたそうだ。それでも続けるのには理由がある。

在来種の茶樹。全て樹齢80年から100年以上の古木で、一本一本異なる品種が一つの畑で育つ。優等生もいれば成長が遅い樹もあり、まるで学校を思わせる

苦味も渋味も美味しさのうち
200年続く茶畑に新たな価値を

楠森堂のお茶づくりは、今から約200年前に始まった。阿蘇山噴火の火砕流で形成された大野原台地を開拓して、酸性土壌でも育つ茶を植えたのをきっかけ。周辺地域の人々と製茶業を続けてきたそうだ。

「私は15年前に河北家を継ぐために戻ってきたのですが、実はそれまで在来種のことなんて全く知らなかったんです。うちの在来種自体も残そうと思っていたわけではなく、品種改良のタイミングを逃してそのまま育てられていただけ。でも、実際に飲んでみると苦味も渋味も旨味もすごく力強くて味が濃い。それに、平安時代から今まで残っているんですよ。時代の流れの中でいろんなものが失われている今だからこそ、在来種は時代を生き残るキーワードになるんじゃないかと思ったんです。これは守るべきだと」

在来種の茶葉。製茶後も色や形の違いが残っている。

河北さんがうきは市に戻ってきた当時、茶畑を管理してくれている人はいても専業で働く人はいなかった。先代のお父様も他に仕事を持っていたため、よそのお茶農家に手伝いに行ったり、土づくりに力を入れたり、試行錯誤を繰り返しながら個性ひしめく茶畑に向き合ってきた。
「一本一本違う品種なので、葉っぱの大きさも違うんですよ。お茶市場だと規格外とされてしまうんですが、実はそこも在来種の魅力の一つ。お湯を注ぐと、小さな葉っぱはすぐに開くし、大きな葉っぱはゆっくり開く。二煎、三煎と、長く楽しめる上、味の濃さも変化するんです」

「このお茶を飲んで懐かしいと泣いた方がいたそうです。やっぱり認められると嬉しいですよね」と山北さんはお茶を入れながら教えてくれた

品種改良により抑えられてきたお茶本来の苦味や渋味を、在来種は自然のまましっかりと残している。玉露のように低温で蒸らせば、苦味や渋味はかどの取れたまろやかな旨味に変わり、長い余韻をもたらしてくれる。
昔飲んでいた在来種の味を覚えている方の中には、今のお茶に物足りなさを覚える声も少なくない。楠森堂のお茶はそんな方にも愛されているそうだ。さらに、豊かな風味を生かしてスイーツとコラボレーションすることで、若い人や海外の市場からも注目されているという。

「河北家住宅」は近代日本美術史研究の先駆者、河北倫明の生家でもある。現在は予約制で邸内を見学できる

在来種のお茶をツールに
「楠森河北家住宅」を守りたい

茶葉の営業やPRにも力を入れる河北さんだが、その活動にはもう一つの意義がある。茶畑と共に一緒に伝わってきた国登録有形文化財「楠森河北家住宅」の保存だ。
浮羽で800年、35代続く河北家を象徴する「楠森河北家住宅」には、江戸〜大正時代にかけて構築された主屋、住宅屋敷、新座敷に材木や味噌、炭などの蔵を含めた8棟が現存している。歴史的資料としても評価されており、2004年には国登録有形文化財に指定されたほどだ。
「今の時代、こういう家もどんどん減っているんですね。文化財になっても所有者が維持できないという話もよく聞きます。この家も一緒で、個人で守っていくのは絶対に無理なんです。でも、これだけの環境は可能な限り残したい。
そのためのツールとして在来種のお茶を役立てたいと考えているんです。」

接客用に用意された木造平屋建ての「新座敷」へお邪魔すると、広々とした座敷の向こうに広がる庭園の美しさに圧倒される。聞こえるのは鳥のさえずりだけ。まるで別世界に足を踏み入れたようだ。河北さんがこの家を守りたいと思う気持ちがよく分かる。

鮮やかな苔に飛び石が配置された庭は木漏れ日さえも計算されている。「どこを切り取ってもいい写真が撮れる」とカメラマンも太鼓判

建物の維持、管理には毎年多くの費用がかかる。ただ支援を募るだけだとハードルが高い。そこで、在来種の収益金から維持費を生み出したいとパッケージに河北家住宅のイラストと説明文を入れた。さらに、蔵で寝かせた「蔵出し茶」も開発したという。
「最初は規格外として安く買い叩かれる状況だったんです。なんとか付加価値を付けたいと思って、春に収穫して秋まで蔵で保管して寝かせてみたんです。そうしたら、すごく優しい味わいに変わっていたんです。茶道家の方に聞いてみると、茶道の世界でもお茶のシーズンの始まりは秋と言われているんですって。春に摘んだお茶を壺に入れてひと夏寝かせて、秋に味わう。とても大事な慣しだそうです。河北家ではちょうど紅葉のシーズンにあたるので、合わせて蔵開きも面白いなと能や試飲のイベントを開催しています。今年で9回目なんですよ。」

かぶせ茶をブレンドした「特上煎茶」、露地栽培の「上煎茶」、一番茶を使った「特上ほうじ茶」。パッケージには版画調の河北家が描かれている。ほうじ茶は中国茶好きにも人気なのだそう。

 

新座敷では東京で能楽師をしている河北さんの親族が能を披露する催しも開催される(写真は春に開催されている雅楽の催し)

人と人を“結ぶ”ことが
地域を豊かにするヒントになる

⽵垣の中⼼を⽀える4本の竹縁(たけぶち。板や杉⽪などをおさえるために打ちつける⽵)は孟宗⽵、その合間に数千本もの細い⽵を挟んでいる。竹縁は⾓に合わせ火で炙り曲げるそうで、これも昔ながらの特別な技術が必要

「楠森河北家住宅」では、もう⼀つ、300年以上毎年続く恒例⾏事がある。屋敷を囲む⽵垣を修復する「壁結(かべゆい)」と呼ばれる作業だ。山から竹を切り出し、加⼯、吹き替え、補修まで、⼤勢の⼤⼈が協⼒して取り組む。以前は周辺の⽅が⼿伝ってくれていたが、近年は⾼齢化で⼈⼿が減少。この地域で生まれ育っていない河北さんは、小学校のPTAの役職を務めるなど、まずは地域の人とのつながりを作る活動から始めたそうだ。その成果もあって、新たに⼿伝ってくれる⼈も出てきた。
「この家を守るために移り住むことを決めたんですが、いざ来てみると地域の⽅の⽀えなしではとてもやっていけない。この壁結もそうです。⼤変な作業だからこそ、皆で団結しなければできない。そうやって地域のつながりは続いているのだと思います。壁結を手伝ってくれた親戚がこう言っていました『壁結の“結”という字は、⼈と⼈を“結ぶ”って意味があるよねと』と。その人は、生まれた子供さんの名前を“結(ゆい)”とつけたんですって。参加する方も強い思い入れを持ってくれているんですよ」

細い⽵が寄せ集まって⽴派な⽵垣ができるように。そして⼤きさの異なる茶葉が深みのある味わいを奏でるように。地域で協⼒することで、うきは市の新たな可能性につながると河北さんは肌で感じている。

「外からこの地に移り住んできた私から見ると、うきは市はフルーツなど食材も豊富で、自然環境が素晴らしい。それに、福岡都市圏にも近くて交通の便もいい。コンパクトな中にいろんなものがあるし、とてもポテンシャルが⾼い⼟地だと思うんです。移住した十数年前、まだ今のようにうきは市に目を向けられていないときでしたが、来てすぐに可能性を強く感じました。地域の中で埋もれているけれど、魅力的な資源はいくらでもあるはず。アイデアや伝え方次第で可能性は大きく広がります。だからこそ、若い世代の⽅ももう少し⽬を向けて欲しい。私が在来茶で結果を出すことで、若い⽅が『うきは市で何かやれるかも』と気付いてもらえたらいい。そんな思いもあって続けているんです」

最近は⼈のつながりを⼤事にしたいと、畑の⾒学やブログなどでの情報発信にも熱⼼に取り組んでいる。海外のメディアの取材やショップからの問い合わせも増えてきたという。“規格外”として評価されなかった「在来種」の可能性は、ゆっくりながらも確実に芽吹いている。気づけば「河北家住宅」はもちろん、うきは市の未来にも⼤きな葉を伸ばすほどに。苦味も渋味も美味しさに変えて、これからはどんな⼀杯を楽しませてくれるのだろうか。

【お店からのお知らせ】

設名:楠森堂
住所:福岡県うきは市浮羽町山北2056
TEL:0943-77-4019
https://kusumoridou.com

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