Case.21

松野牧場|松野裕樹さん&真知さん

牛の歩みのようにゆっくりと、丁寧に進みたい
酪農ブラザーズの静かなる野望とは

文:大内理加 (大内商店) /
写真:Akiko Suzuki

裕樹さんと真知さん兄弟。インタビュー時は裕樹さんが話し役だが、「話した内容がおかしいと思ったら指摘します」と真知さんのチェックが入る

うきはの風を受けてのんびりお昼寝
味の決め手は“牛ファースト”

もしも牛たちが話せるとしたら、どんな声が聞こえるだろうか。
松野牧場の牛たちだったら、ものすごくのんびりした声で
「今、昼寝中だから後でね」なんて言われるかもしれない。

うきは市の田園地帯、果樹園の小道を抜けた先にある牛舎で、ゴロリと横になるホルスタインを眺めていると、ふとそう思った。
ここまでくつろいでいる牛なんて、そうそうお目にかかることはできない。
それなのに、牧場を営む松野裕樹さんは「まだまだ気がつかないことが多くて。牛たちに申し訳ないとすら思っています」なんて言っている。
単なる謙遜という訳でもない。親子三代続く酪農一家の誇りがさらなる可能性を求めて発した言葉なのだと、牛乳を飲んで気が付いた。

同業者からも「あんたんとこの牛はおとなしいね」と言われる松野牧場の牛たち。牧草を運んできた業者は熟睡する仔牛を見て「牛が死んどる!!」と驚いたという話も。

「牛飼いを辞めるという選択肢は無かった」
懐かしい香りに背中を押されて酪農の道へ

松野牧場が営業を始めたのは、1953年のこと。松野裕樹さんと真知さん兄弟のお祖父様をはじめとした親族総出で北九州市小倉の地に開業したという。その後、お父様の代で独立することになり、うきは市にやってきた。引越しの話が持ち上がった時は、酪農業界が徐々に厳しくなってきた時代。長男である裕樹さんは栃木の家畜診療所に獣医として勤めていたそうだ。
「子供の時から、牧場を継いでくれと言われたことはなく、獣医の職も先輩の影響でなんとなく選んだんです。そうしたら、うきは市に引っ越す時に『お前が牛飼いせんやったら牧場は閉じる』と親父にはっきり言われて…。家を継ぐか、このまま獣医として働くか悩んでいた時、たまたま診療先で軽トラの後ろに乗せてもらったんですよ。道路の脇に積んであった刈りたての牧草の香りがブワッと鼻をついた時に『ああ、これだ。やっぱり俺は牛飼いなんだ』と実感しました」

ご家族間は仲がいいんですか?と問うと、裕樹さんは首を横に降った。
「いやいや、そんなべったりではないです。うきは市に来てからは家族とも戦いの毎日。一緒にいると面倒なことも多いけど、いざとなれば頼りになりますよね。特に親父が病気になった時は、母と兄弟がいてくれてよかったと思いました」
お父様が入院された時、美術大学に通っていた弟の真知さんも家業を手伝うために戻ってきたという。

裕樹さんは獣医の資格を持つだけに、牛の種付けも出産もおてのもの。それだけに、牛への愛情もひとしおだ

芸術家であり、酪農家でもある
ユニークな経歴が新たな感性を育む

弟の真知さんは、美術大学出身の酪農家という異色の経歴の持ち主。うきは市に移住してほどなく、お父様が入院された時に大学を2年休業して家業を手伝い、卒業後に再び実家に戻った。今では酪農をテーマにしてインスタレーションなどの創作活動を続けているそうだ。「酪農は同じことの繰り返しのようでいて、その中にはさまざまな発見がありますし、実は全く別の分野につながっていることも多い。それに、生産者と消費者の関係を芸術における作者と受け手に置き換えてみると、また新たなアプローチができるかもしれない。そんな風に日々考え、楽しみながら取り組んでいます」
そう、「まだまだ」と言い続けるお兄さんと同じく、真知さんも酪農に大きな可能性を見出しているのだ。

牛乳のラベルは今でも真知さんの手貼り。流れるような動きで多い時は1日に約80本を貼る

近道がないのが酪農の世界
家族三人で丁寧に取り組む日々

ここで、松田牧場の1日を追ってみよう。まず朝7時、牛の餌やりから始まる。「想像と違って申し訳ないけど、うちはゆっくりなんです」と裕樹さんは笑うが、それでも冬だとまだ薄暗い。餌は牧草と穀物飼料を午前と午後に2回ずつ、しかも牛の胃に負担をかけないように手から直接与える。この牧草の一部は、うきは市内各所にある六町ほどの畑で自家栽培しているそうだ。
餌を与えた後は、堆肥を外に出して、搾乳、絞った牛乳を殺菌消毒して瓶に詰める。さらに瓶にラベルを貼ったり、プリンやソフトクリームのベースを作ったりという仕事も待っている。ざっと書き出しただけでも山のようにある仕事を、松野さん兄弟とお母様の3人で分担している。
「酪農って、100人いたら100通りのやり方があるんです。うちは、牛飼いとして、牛や土地、牧草にもしっかり手を入れたい。なかなか時間が足りないですけどね」そうは言っても、おいしい牛乳のためには妥協しない。

牧草を作る理由の一つはトラクターに乗りたいから。ブルーのトラクターは、今では販売されていない型を探したそう「昔自分の家にあったトラクタと同じ型で、この音を聞くと落ち着くんですよね」

仕事が終わって帰る時に長靴からサンダルに履き替えるんだけど、その時、後ろで牛が『ウッフ』ってゲップするんですよ。ゲップってリラックスしてる時じゃないと出ないから、『お互いおつかれさまやね』って声をかけます」

しぼりたて牛乳」のラベルは書道が得意な妹さんの力作。牛の文字がデザインになっているのもミソ

松野牧場では、しぼりたての生乳の風味と甘みをそのまま味わって欲しいと、牛乳の脂肪球を均質化する「ホモジナイズ処理」をしない。つまりノンホモ牛乳だ。この製法だと牛乳内の乳脂肪球の大きさに大小差が生まれるため、加熱殺菌の際に手間がかかってしまう。しかし、大きな乳脂肪球がある分、より濃厚な旨味が味わえるのだ。そのまま風味をキープするために68℃の低温殺菌消毒を施す。
そうしてできた牛乳は、まるで生クリームかと思うほどコクが深く、甘みが強い。その上、ゴクゴクと飲み干したくなるほどすっきりしている。一般家庭だけではなく、プロのシェフやパティシエにまで愛用者が多いというのも納得だ。特に、牧場からすぐの所にある「道の駅うきは」では、牛乳だけではなくソフトクリームもロングセラー商品になっているという。

道の駅うきは」の担当者も太鼓判!
松野牧場ブランドのソフトクリーム

「道の駅うきは」職員の重松さんと裕樹さん。撮影の合間にも、通りすがりの職員さんや顔見知りの常連さんとの挨拶が次々に飛び交う

桃や梨、ブドウ、柿、イチゴなど、フルーツのシーズンには平日でも駐車場がいっぱいになる「道の駅うきは」。品数の多さだけではなく、地元の食材を探し出してオリジナルメニューを開発するほど地元愛にも気合が入っている。そんな「道の駅うきは」の職員である重松さんも松野牧場の牛乳に驚いた一人。
「フルーツはたくさんあるのですが、この辺りで酪農をやってらっしゃる方は珍しいんです。松野さんとこの牛乳は、飲んでみるとさっぱりしているんだけど、甘みがしっかり感じられておいしい。ソフトクリームのベースも作ってもらっているのですが、多い時で一日1200本売れたこともあるんですよ」

ソフトクリームのベースを作る真知さんは、道の駅うきはのファンでもある。「道の駅うきはさんは、ソフトクリームに加えるフルーツのジャムまで全部手作りなんです。ここまでこだわっている場所はなかなかないですよね。うちもソフトクリームのベースには、できるだけ余分なものを加えないようにしています。だから、ここに来れば牛乳もフルーツも素材の味が楽しめるんです」

コーンの先までぎっしり詰まったソフトクリーム。濃厚かつすっきりとした甘さが魅力.「実は引っ越す前から、道の駅で売りたいという野望を抱いていたんですよ。でも、最初はうきは市でやっていけるのか不安も大きかったですね」と裕樹さん。街にすっかりなじんだ今、地元への思いも強くなってきたという。

うきはの自然と人に導かれて
新たな商品開発へ歩き出す

うきは市の印象を裕樹さんに聞いてみた。「小倉にいた時は、周辺の情報を知らなかったし、ご近所付き合いもほとんどなかったんです。でも、うきは市に来たら、みんなが声をかけてくれて。町全体が親戚になったような感じ」

大きくうなずいた真知さんもこう続ける。「今では、地元の協力もあり、環境にも優しい循環型農業に取り組んでいます。周辺の田んぼでうちの堆肥を使ってもらって、育った藁を飼料に、もみ殻は牛の敷き床に使っています。近くなのですぐにやりとりできるし、牛舎が清潔に保てるのでとても助かっています」

酪農の仕事だけではない。地元での交流が新たなモチベーションにもつながっている。
真知さん「フラッと入ったカフェやレストランでうちの牛乳に出会うことも多くなりました。地元でのつながりで新しい商品ができるって面白いですよね」

裕樹さん「いいものは手をかけないとできないと思っていますが、そこを評価してもらえるとやっぱり嬉しいですよね。うきは市の皆さんは、いいものを作ったり、選んだりする人が多い気がする。そんな土壌で受け入れてもらえたことがありがたいですね」

田園地帯に建つ牛舎は、風の通り道が確保されていて心地よい。近くを通っても全く匂いがしないので、案内する時に驚かれるという

うきは市に移住して約15年。友人も増えて、今やホームタウンとなったこの土地に触発されて商品開発も動き出している。牛乳を使ったバターやチーズ、ヨーグルトなどの乳製品だ。
真知さん「シンポジウムや勉強会に参加したり、試作したりと少しずつ商品化を進めています。チーズやヨーグルトなどの発酵食品って、その土地の風土が味に関わってくるそうなんです。だから、うきはならではの商品を作ってみたいですね」

裕樹さん「あとは、もっと丁寧に牛飼いという仕事に取り組みたいですね。牧草の栽培や畑づくりも手をかけたいし、牛がゆっくり過ごせるような環境を整えたいです」
やりたいことも課題もまだまだたくさんある。うきはの人と自然と一緒に、焦らず着実に“牛歩戦術”で進んでいきたいと、松野さん兄弟は笑顔を見せた。

<事業者情報>
事業者名:松野牧場

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