Case.18

株式会社スポーツプラスワン|阿世知大作さん

「今までにないからこそ、やる意味がある」
スポーツの力で地域を盛り上げる若きサムライ

文:大内理加 (大内商店) /
写真:Shintaro Niimoto (studio SARA)

『スポーツ選手らしく、一本筋の通った阿世知さんの立ち姿は男女問わず目を引きつける。聴く人を和ませる大らかな話し方とのギャップも印象的』

観光だけではなく、暮らしにもっと寄り添う町へ
うきはで初のスポーツ企業ができるまで

耳納連山を背にした風光明媚な景色や味わいのある白壁の町並み、そして豊かな土地で育まれた美味の数々。観光資源が豊富なうきは市は今や全国的に人気の旅行先でもあり、移住する人も年々増えているという。
しかしながら、実際に住む側になるとどうだろう。例えば、大人から子どもまで関わる「健康づくり」について考えてみると、まだまだ日常的に運動やスポーツに触れる環境とは言えないのではないだろうか。
実際に、今までうきは市には運動をメインにした“スポーツ企業”は一つも存在しなかった。そう、阿世知さんが「株式会社スポーツプラスワン」を立ち上げるまでは…。
スポーツを通して、地域の問題に切り込む阿世知さんの背中を追ってみよう。

この日は小学生向けのフットサル教室の日。会議室での撮影よりも自然な笑顔が引き出せたのは、元気にシュートを決める子ども達のおかげだろうか

スポーツ業界での10年間で実感した
雇用問題と地方の運動教育を解決したい

奄美大島出身、高校で全国制覇を成し遂げ、その後はプロサッカーチームでも活躍という華々しい実績を持つ阿世知さん。うきはに初めて訪れたのは、大手スポーツクラブのスタッフとして赴任してきたことがきっかけだった。
「仕事でも体を動かしたいとスポーツクラブに就職しました。でも実際に働いてみると自分のことよりも他の人の労働環境が気になっちゃって」
阿世知さんが勤めていた業界最大手のスポーツクラブには30人ものインストラクターが在籍していたが、正社員は2人だけで後はパートや学生ばかり。正社員を目指す人も多かったにも関わらず、その前に生活が成り立たないと辞めていく人がほとんどだったという。
「入れ替わりが激しくても組織として運営はできるんです。でも働く人の雇用の安定は難しい。その時から運動指導者として生活ができるような雇用を増やしたいと考えていたんです」

雇用の問題は、スポーツクラブに限ったことではない。自治体などで実施されている健康教室やスポーツ教室の指導員も同様だ。
「うきはだけではないのですが、地方になると運動指導だけで生活できている方がいないのが現状なんです」
現在、地方の運動指導員といえばリタイアした人や他の仕事の合間に引き受けている方がほとんど。しかも、その多くが無償だという。そうなると仕事の都合や高齢化でチームを見続けられない事態も当然起こる。
「専門的な知識のある人が継続的に指導できないと、子どもの能力は伸びないんです。そのためには指導員が職業として専念できるような体制を作らなくては」
まずは、運動指導員という“職業”から定着させねばならない。阿世知さんは雇用の拡大に取り組むべく、30歳で独立する決心をしたという。

『独立してすぐに株式会社を立ち上げた阿世知さん。「起業したての頃は何度も行政と掛け合いました。そんな中で生涯学習課の石井さんが親身になってくれて。本当に何度電話したかわかりません(笑)」今でも石井さんとは夢を語り合う仲だという』

やりたいことは現場で探して即実行!
足で稼いだアイデアが前へ向かう原動力に

阿世知さんは、ジムで働いていた10年間で子どもの水泳教室、フットサル、体育教室から、大人向けのボクササイズやフィットネスなどスタジオの中でできるライセンスを多数取得。独立後も子どもから大人、高齢者やリハビリの教室まで幅広いレッスンを開催した。その一方で、さまざまな業界からの情報も積極的に取り入れたという。

「他の起業者の方の話を知りたくて、独立後にうきは市のスタートアップセミナーに参加しました。それに地元の飲食店の方にもお話を聞きに行きましたね。起業してすぐは自分のやっていることがすごく大変だと思っていたのですが、他の皆さんの方がよっぽど苦労していらっしゃる。その姿勢に励まされましたね。あとは、介護やリハビリとか、いろんな職業からヒントをいただきました」

うきはのスポーツ企業の第一号となっただけあって、臨機応変というか、フットワークが実に軽やかな阿世知さん。足で情報を稼いでアイデアに繋げる姿勢は、どことなくスタジアムを縦横無尽に駆けるサッカープレイヤーの姿を思わせる。

「子どもの教室でも『感想ノート』を記入してもらっているんです。そうすると、反省点だけではなく、参加者の皆さんがどんな目的を持っていらっしゃるのかわかるようになりました。皆さんの声に合わせて練習内容も組み替えています」

『現在は「吉井体育館」で開催されている子どものフットサル教室。小学校の男の子も女の子ものびのびと駆け回っている。一人一人の目線に立ち、物腰柔らかく指導するコーチに対し、子ども達の信頼も厚いようだ』

子どもと保護者の負担を少しでも減らすため
NPO法人『総合型地域スポーツクラブ』を発足

フットワークの軽さといえば、阿世知さんの教室自体もそうだ。遠方の人も参加できるように、あえて本拠地となる建物を持たず、生徒さんが集まりやすい場所に出向くようにしている。そこで難しいのが会場の確保だ。

「暑さや寒さ、天気に関係なく活動できる体育館が会場として理想なのですが、一企業だと営利目的とされるのでなかなか貸してもらえないんですよ。だから、今は少しでも会場を借りやすいよう非営利団体としてNPO法人の立ち上げを予定しています」

体育館問題から発展して、業務委託など利益につながる仕事は株式会社スポーツプラスワンで続け、NPO法人としては今までうきはになかった『総合型地域スポーツクラブ』を発足させるという大胆な発想が生まれた。

「正直、NPO法人になったからといってすぐに体育館を借りられるかはわかりません。でも、学校の体育館で運動教室ができると、放課後に直接参加できて、保護者の方の送迎の手間も省ける。子ども達が参加しやすい環境を作るために、自分が納得できることをやりたいと考えています」

この構想と合わせてクラウドファウンディングで送迎バスの購入も企画している。実現すれば、現状保護者の送迎付きで19時の終了時間が、放課後直接参加できることにより17時にくりあげられる。子どもは教室から帰ったあと家族と夕食も取れるのだ。これも「送迎バスがあると助かる」という保護者の声によるもの。一つ一つのパスを丁寧に繋げて組み立てることで、より生活に寄り添ったサービスが見えてきた。

インストラクターや介護スタッフ、運動指導員
スポーツを取り巻く雇用の拡大も目標に

阿世知さんは地域を活性化させたいと、念願だった雇用の問題にも取り組んでいる。
「大人向けのフィットネスとしてボクササイズとヨガをやっているのですが、こちらのインストラクターを育てるのも目標です。特にヨガだと資格があれば教室を開けるので、自分のペースで働ける。若い人だけではなく、ママさん世代も働きやすいんです」
ヨガのインストラクターは国家資格がなく、通常は民間の社団法人が独自でライセンスを作っている。しかしどれも取得までにかなりの費用がかかってしまうので一般の人にはなかなか手が届きにくい。そこで、阿世知さんは自社ライセンスを作り、インストラクターを育成したいと思い描いている。
「ママさんもそうですが、一度引退された方もぜひ力になってほしいと考えています。市の指導者として僕が入って、地域のおじいちゃんおばあちゃんも参加して子どもたちに運動を教える。そうすると幅広い世代が交流できるじゃないですか。そんなアイデアを考えるだけで楽しいんですよ」

また、株式会社としては「訪問型介護サービス事業」の構想も検討中だという。
「介護を必要としない段階の方に対しての生活支援サービスです。実際に実現すればスタッフの雇用が発生するし、高齢者の方の暮らしの質も上がる。株式会社としてはそういった委託事業や介護事業もやっていきたいです」
こちらも、まだうきはには無い事業である。実現すれば、市内に住む大人から子どもまで幅広くサポートする存在になるはずだ。

最初に往く者の道はとても険しい。阿世知さんの目指す先にも難題は山ほど転がっている。その上、本人は企業人だけではなく、サッカーや運動指導者としても絶え間なく動いている。それなのに、疲れたような雰囲気は一切無い。頭も体もフルに動かしながら、イキイキと駆け回る背中を見ていると、スポーツで汗を流した後の爽快感にも似た心地よさに包まれる。思わず一緒に走り出したくなるような背中越しに、これからのうきはの未来が見える気がした。

企業名:株式会社スポーツプラスワン
住所:福岡県うきは市浮羽町浮羽369-1
TEL:0943-77-2348
営業時間:10:00〜20:00
定休日:日曜・祝日

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