Case.27

IBIZA SMOKE RESTAURANT | 尾花 光さん

土地の記憶をたどって、山と人の共生を探る 新しい時代を切り拓くコミュニティとは?

文:大内理加 (大内商店) /
写真:UNA/INOUE SOUNOSUKE

「イビサスモークレストラン」の尾花光さん

“イビサの尾花さん”といえば、うきはカルチャーを語る上で欠かせない人物だ。と言っても、思い浮かぶ人は2人いる。一人は、画家であり「イビサスモークレストラン」を築いた尾花新生さん。もう一人は、今回の主役である息子の光さん。
光さんはレストランを継承しつつ、地域復興のための林業を提案したり、今はほとんど残されていない地域の行事や歴史を掘り起こしたり、“山と集落”を存続させる活動を続けているという。

以前は世界各国を点々として、魅力的な景色や人々、暮らしに触れてきた。旅をするように生きてきた光さんが、終の住処にうきはを選んだという。それだけではなく、この地を次の世代につなげようとさまざまな道を模索している。生まれ育った土地だから、という単純な理由ではないはずだ。その胸の内を知りたくて、まだ肌寒い空気が残る早春の山へ向かった。

旅の果てにたどり着いたのは
子ども時代に見たうきはの原風景

かつては林業が盛んだった浮羽町田篭注連原(しめばる)地区。山々と板葺屋根の合間を流れる谷川など、初めて訪れる人にも郷愁を感じさせる光景が広がる。
「実家は板葺き屋根でね。僕は集落で最後の自宅出産なんです」と光さん。

しがらみを一切捨てて絵と向き合いたいと父・新生さんが移住した注連原地区。ここで光さんは生まれた。小さい頃はガスも無く、山から薪を集めて火を起こしていたそうだ。平成初期とは思えないエピソードである。

「子どもの頃はめちゃくちゃ楽しかったですよ。夏場は毎日川で遊んでいたし、冬は自転車で山に登ってね。尾花家の家訓は“旅に出よ”なので、子どもの頃からいろんな土地に出かけていたし、中学校の後半から高校まで東京にも住みました。都会でバンドしたりスケボーしたりと楽しかったけど、やっぱり自然の中の遊びに勝るものは無かったですね。
成人してからもモロッコやメキシコ、スペインにアメリカと、各地の食文化を訪ねましたが、住むのはちょっと違うかなと。あぁ、でもアメリカのポートランドはいいなと思いました。山のある景色はもちろんだけど、地元のコミュニティがちゃんと機能していたんです。街づくりは行政ではなく、市民が話し合って決めて動いている。うきは市が目指すべき方向のように思えて」

自伐型林業を取り入れて
“日本一災害に強い山”を目指す

光さんのまちづくりへの取り組みは、ある出来事から始まった。2017年の「九州北部豪雨」だ。災害地の中でも特にうきは市は甚大な被害に見舞われ、光さんが遊んでいた山は土砂が崩れ、濁流は凄まじい勢いで橋や民家を押し流した。
光さん一家は高台にあるイビサスモークレストラン」に間一髪で避難したものの、改装してまだ一週間だったテラスは崩れ落ちた。命の危機がなんとか去った後に待っていたのは、思い出の喪失だった。

「建物を戻すのは可能ですけど、自然の風景はもう取り返しがつかない。小さい頃に遊んでいた大きな石は、きっと何百年もその場にあったもの。神様が宿っているように思えた存在も流されてしまって川の中はぐちゃぐちゃ。自分の思い出の風景はもう戻らないというのが一番切なかったですね」

災害の原因を突き詰めて考えると、ふるさとの実情が見えてきた。川の氾濫を引き起こしたのは倒木が水をせき止めたから。その木は、崩れた山から来たもので、適切に山が管理されていればこんなことは起こらなかったかもしれない。

「例えば、大型トラックが走るような道を通すと、山自体がもろくなるんです。伐採をしすぎて山肌が剥き出しになるのも土砂崩れの原因になる。山はとてもデリケートなんですよ。
逆に小規模な道を作ると地盤が強くなって、崩れにくくなるそうです。大規模な伐採を止めて少しずつ継続的に林業ができれば、災害に強い山に育てることができる。“自伐型林業(じばつがたりんぎょう)※”という方法です。この周辺はほぼ杉の木で斜面も急だから、全て適用できることではない。だけど、“日本一災害に強い山”を作ることができれば、人は来てくれる。林業で移住者を呼び込めるし、観光資源にもなるんじゃないかな」

導入するには地域の理解も必要で、資金や仲間も集めなければならない。課題は多いが、被災した山だからこそ、この取り組みには意味がある。光さんは八女など全国の林業従事者と交流しつつ地道に勉強を続けている。

※自伐型林業…
森林の経営や管理を林業従事者が行うことで採算性と環境保全を両立する持続的森林経営。(自伐型林業推進委員会ウェブサイトより)
詳しくはこちら https://zibatsu.jp/about

過疎化を止めるには
住民参加型の課題解決を

災害をきっかけに危機感を抱いたことがもう一つある。林業の最盛期には約40軒もの世帯が生活していた注連原だが、木材の価格が下がり、衰退が進むと住民も激減。さらに、豪雨被害の影響で光さんの家を含めて3軒だけになってしまったのだ。
地域の過疎化を止めるためには、移住の呼びかけも重要だ。そのためには、うきはに住みたいと思わせるメリットを用意すべきだと光さんは考えている。

「土地選びといえば、昔なら“水”ですけど、今の時代に置き換えたら“エネルギー”なんじゃないでしょうか。うきはは水が豊富で水力発電設備もあるから、ここに住んだら電気が何ワット無料とか、なにか恩恵が得られるような仕組みがあれば強いですよね」

先に紹介した“自伐型林業”もきちんとした仕組みが整えば、移住する人の“なりわい”にもなるだろう。
こんなふうに、光さんの頭の中には “ふるさと”へのアイデアが次々に浮かんでくる。それでも、全てを一人で背負い込もうとは考えていない。住民で課題を共有して、意見を出し合うことも存続の肝だからだ。いつか見たポートランドの住民のように。いや、その前から身の回りにあったコミュニティにヒントはあった。

「昔は誰かが家を建てる時、住民みんなで手伝っていたそうです。壁の材料となる赤土の場所も共同管理していたとか。各世帯で井戸を持たない時代は、共有の水汲み場があった。朝夕にみんなが集まって世間話を楽しんで。昔の方がコミュニティのつながりが強かったんです」

「特に、山間部にある注連原地区は、“山の神様”といって山を祀る習わしがあるんです。これは1000年以上続いていて、毎年一度神主さんを呼んで全員が参加する。取り仕切るのは“座元”という役目ですが、住民が持ち回りで担当するんです。しめ縄を編んで、ポケットマネーで集落の人全員に食事やお酒をふるまう。リーダーが毎年変わるから、こんなに続いているんです。絶対的な指導者がひとりで引っ張っても、その人がいなくなると途絶えてしまうでしょう。共同体でまつりごとを行う仕組みは、ずっと前から実践されていたんです」

古い記憶や習慣を集めて
新しい時代のアイデアへ

その土地に残る歴史が、これからの集落のあり方を教えてくれる。光さんはそのことに気づいてから、地域の先輩との昔話もライフワークにしている。

「他の2軒のお宅は、どちらも80歳近い方が住んでいます。彼らは牛で畑を耕していた最後の世代なんですよ。今は無くなってしまった水場の場所も覚えている。でも、僕らがその話を聞いておかなければ、いずれ誰も知らなくなっちゃうんです。何十年も続いた歴史が終わってしまう。もしかしたら、災害が起こって水道が使えなくなった時に、水場を知っていれば役立つかもしれないのに」

暮らしのささやかな歴史は文献に残されていないものが多い。光さんはそれら一つひとつをていねいに聞き取っては、家族や地元の仲間に伝えている。そこで返ってくる反応に光さんが刺激を受けることもしょっちゅうだ。

「うきはってユニークな人が多いんですよ。いろんな分野で活躍している人がいるけれど、“うきはが好き”という思いはみんな共通している。だから、もっとみんなが集まって意見交換ができる場所があればいいなと思って、プラットフォームづくりも進めています。林業従事者と観光に強い人の組み合わせとか、おもしろい方向に進みそうでしょ」

古いしきたりと新しい視点が交わる時、将来へのビジョンはより建設的になる。
小さな語り場を積み重ねて地域のあり方を探るのは、自伐型林業の考え方と同じ気がする。

「やっぱり、まちをつくるなら、子どもたち、次の世代が安心して暮らせる場所じゃないとね。今の時代、世界のどこかで問題が起きると自分達の暮らしにも影響が出るじゃないですか。でも、うきは市はエネルギーもあれば食糧も自給できる。うきはだけで十分やっていける強さがあるから、安心して仕事や子育てをしてほしい。その中でかつての共同体のように助け合っていけば、100年、200年後だって大丈夫なんじゃないでしょうか」

光さんの話を聞いていると、話の舞台はさまざまな方向に飛ぶ。山のことや共同体のこと、歴史と人の暮らしのこと…。
聞き手が一緒にジャンプできるのは、どれも光さん自身が足で集めた情報や感覚、思考に基づいているからだ。血の通った言葉だからこそ、多くの人々に考える機会を与えてくれる。

昔から住んでいる人と若い住人の橋渡し役として、これほどのぴったりな人物がいるだろうか。思わず口にすると光さんはちょっと笑ってこう言った。

「責任重大ですよね。イビサのことばっかりやってるわけにはいかないし、どうしようと思って。何も感じなかったらもっと楽だったでしょうね。でも考えちゃうんだよなあ」

たしかに、“これって光さんだったら、どう考えるだろう”なんて思わせる、不思議な魅力を持つ人である。

【お店からのお知らせ】

<店舗情報>

店名: イビサスモークレストラン
WEB:http://ibizasmokerestaurant.com/
住所:福岡県うきは市浮羽町田篭707-1
TEL:0943-77-7828
営業時間:11:00~15:00(LO)
定休日:平日 不定休

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