

そこに薪火があるだけで、心と暮らしがあったまる
団欒の炎を親子で灯す、薪ストーブ職人
Case.36

四方を山に囲まれ、のどかな里山に溶け込むように佇む「薪すとーぶ屋 木の香房」。
スイッチ1 つで快適な温度が手に入る時代に、あえて手間をかけて薪ストーブの「火」を暮らしに取り入れる。そこには単なる暖房器具という枠を超えた、人間らしい豊かな時間の創造があった。

自然の息吹きを肌で感じられる、うきは市浮羽町小塩。のどかな時間と澄み切った空気がなんとも心地よい

さまざまな人との出会いに導かれ、2008年1月に創業

山下英巳さんが20代の頃に訪れていたという、浮羽町新川にあった一軒のカフェ。マスターが自ら建てたログハウスに据えられていた薪ストーブは、確かな存在感で空間を満たしていたそう。揺らめく炎と、体の芯まで包み込むような暖かさに、一瞬で心を奪われたという。

「いつか自分の家を建てたなら、こんな薪ストーブを置きたい」
その夢が長い年月を経て、現在の生業に繋がっていこうとは、当時予想すらできなかったことである。
そんな英巳さんは、異色の経歴をお持ちだ。
熊本の大学で建築を学び、そのまま業界へ就職すると思いきや、喫茶店でのアルバイトがきっかけで料理の世界へ。
しかし、家庭の事情で家業(原木椎茸栽培) を手伝うことになり、うきはへ戻った。
思い描いていた道とは違う現実。
それでも懸命に向き合う中、2012年、あの「九州北部豪雨」が起きた。水害によって環境は一変し、復旧に3年を要する絶望的な状況に追い込まれ、廃業という苦渋の決断を迫られたのだ。
丁度その頃、家族でコツコツ完成させたログハウスに、念願の薪ストーブを設置した英巳さん。だが、カタログに記載されている数値だけで選んだため、思うように空間を暖めることができなかった苦い経験を持つ。
「残念ですが、すぐに買い替えましたよ……」
なぜ失敗したのかを追及しながら独学で勉強していくうちに、煙突の組み方、熱の伝わり方、家の構造との相性などが分かってきた。そして2台目の薪ストーブを自ら手掛けたことを機に、設置依頼が少しずつ入りはじめ、薪ストーブ屋としての人生に火を灯すことになったのだ。
建築を学び、料理の世界で腕を磨き、さらに家業と懸命に向き合いながら積み重ねてきた「時間」が、現在の「木の香房」の礎となっている。
「私は、人の縁に恵まれたことで、今があると思っています」

お客さんには薪の情報提供や薪割り機の無償レンタルといった、アフターケアも万全に整えている

薪ストーブを家の中に運び入れる、気の抜けない作業。慎重に吊り上げて、建物や床に傷がつかないように入念に下準備をして搬入する

現在、作業現場には頼もしい相棒・幸四朗さんがいる。
かつて熊本で情報処理を学び、社会人として別の道を歩んでいたそう。
「だんだん違う世界を見たくなって、結局仕事を辞めてうきはへ戻ったんですよ」
そんな彼は知り合いの建築会社の現場管理をしながら、時おり父の仕事を手伝っていた。
薪ストーブ職人になりたい!という強い憧れはなかったそうだが、建築に携わるうちに、家という存在、暮らしを支える仕事への見方が変わり始め、父の仕事を自分の“仕事” として選ぶ決断をしたんだとか。
「薪ストーブへの熱量が物凄く高い父やお客さんに追いつけるよう、頑張っていかないといけませんね」
そう話す幸四朗さんだが、知識と技術を着実に高めながら、自分なりの熱量でこの仕事と向き合っている。


京都での修業に加え、「日本暖炉ストーブ協会」での勉強会を通じ、技術や知識を常にブラッシュアップしているそうだ

「実際に使ってみないと、本当の意味でお客さんに提案できない」と、これまで数々の薪ストーブを自宅で試してきた

設置後、初使いの際に行う「火入れ式」の様子。安心・安全に使っていただけるよう、丁寧にレクチャーを行う幸四朗さん

お客さんに薪ストーブの安全な使い方を伝えている息子を、そっと後ろで見守る父
「昔は頑固親父だったんですよ、私。でも今では成長した息子に仕事で怒られることがあるんですよ」と、英巳さんが話せば、「親子だから遠慮なく話せるのが良さであり、難しさでもあるんですけどね。一緒に仕事をするようになってからは、父との距離が近くなりました」と幸四朗さんが返す。
2人の間には、薪ストーブを通じて職人としての厳しさと、家族としての温かな信頼関係が共存しているように思える。
父から子へ。
技術だけでなく、「お客さんの夢を実現する」という思いもまた、確かに受け継がれている。

「火を扱うので、安全面には1 番気をつかっていますよ」
家の構造は一軒ごとに異なるため、決まったマニュアルは存在しない。だからこそ、現場での判断と長年の経験がものをいう。販売して終わりではなく、施工、数年ごとのメンテナンスまで自社で完結させることにこだわるのは、お客さんと長く付き合い、安心して使い続けてもらいたいという責任感から。
「家の造りや環境に合わせた選定・施工」の重要性を誰よりも痛感し、薪ストーブごとの「性格」を知り尽くしている英巳さんだからこそ、お客さんの暮らしに寄り添うぴったりの1 台を提案できるというわけだ。


2011年の「東日本大震災」以降、エネルギーの分散の重要性も強く感じているという。
電気やガスが止まっても、薪ストーブがあれば暖が取れ、煮炊きができる。自然の力(薪)と現代のインフラを併用し、自立した暮らし(オフグリッド) ができることを伝えていくことも自分の使命だと話す。
さらに、生まれ育ったうきはの山を維持していくことや、地域の木材の活用など、循環する暮らしについても思いを巡らせる。課題は山積みだが、薪づくりのイベントを企画するなどして、今後は地域活性化の『火付け役』になれたらと言葉を繋いだ。

山の男・英巳さんは「浮羽森林組合」の理事としても活動している
取材の最後、おふたりが教えてくれた“薪ストーブは三度あたたまる” という言葉が心に残っている。
一度目は薪割りをして体が温まり、二度目はその薪をくべて家が暖まる。。そして三度目はストーブの周りに家族が集まり、会話が生まれ心が温まる。
パチパチとはぜる音、薪の香り、揺らめくオレンジ色の炎。
薪火によって空間は温もりを帯び、そこには語らいと安らぎという「団欒」が生まれる。


薪ストーブを通して生まれる、お客さんとの新たなつながり、関わりがこの仕事の魅力だ。温もりのある家庭を少しずつでも増やしていきたいそう
うきはは、あたたかい人が多い町だとよく耳にする。
薪火に向き合い、空間を暖め、人の心にそっと寄り添う山下さん親子の仕事そのものが、うきはの町のあたたかさを育てているのかもしれない。
そしてこの町の暮らしを、今日も静かに支えている。

「この仕事は定年がないので、働けるまで息子と一緒に頑張っていきたいな」

薪すとーぶ屋 木の香房(きのこうぼう)
福岡県うきは市浮羽町小塩3724-1
TEL:0943-77-5624 (090-2505-9700)
営業時間:9:00~18:00
定休日:水曜日
WEB:https://kinokohboh.com
Facebook:https://www.facebook.com/kinokoubou