湯気の向こうに見えた、揺るぎない家族の絆
うきはの恵水とともに、次の百年へ

Case.37

古賀保成さん&弘剛さん
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古賀豆腐店
文:平田あやこ(INSIGHT PROMOTION)
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写真:Tatsuya Kawaguchi(QLOKO DE SIGN)

町に灯る午前2時の明かり
うきはの恵水が育む、真っ白な美しき伝承豆腐

往時をしのばせる白壁の町並み。
まだ、辺りが深い眠りについている午前2時、明かりが灯る場所がある。

昭和2年から続く「古賀豆腐店」だ。

「時代が移ろい、効率が優先される世の中になっても歩みを速めることなく、手仕事の温もりを大切にしたい」

その一心で、創業以来の製法を守りながら、家族とともに一丁一丁、手間を惜しまず作り続けている。

迷いのない手つきで、均等な大きさに切り分けていく、まさに長年の経験が成せる業。店頭には、すでに製品になった状態で並ぶため、豆腐ができる過程を知ってほしいと、インスタグラムで発信。子どもたちの食育にも力を注いでいる

初代がアイスキャンディー屋を始め、のちにこんにゃく屋、そして現在の豆腐店へと形を変えてきた。時代とともに製造する品は変われど、すべて”水” にまつわる商いだ。うきはの大地が育んだ地下水。それは生まれた時から当たり前にある空気のような存在だと、3代目・古賀保成さんは話すが、この水なくして「古賀豆腐店」の味は語れない。

水とともに、家族とともに
美味しさを生み出す地道な手仕事

訪れたのは、朝暗い午前5時。
足を踏み入れた工場は、ふわりとやわらかな湯気が立ち込め、大豆のふくよかな香りに満ちていた。

なみなみと水がたたえられた水槽には、たくさんの真っ白な豆腐たち。そばの蛇口からは絶え間なく地下水が注ぎ込まれ、見ているだけで満ち足りた気分になる。代々続く伝承豆腐は、水のまち、うきはならではの良質で豊富な”水” の存在が不可欠なのだ。

6時台に配達が始まるため、黙々と豆腐づくりに精を出す4人。

年季の入ったラウンド水切り装置の音が響き渡る中、保成さんが、前日より浸水させた大豆を粉砕し、豆乳にするための作業を行っていた。100℃を超える煮釡から目を離さず、温度と圧力を静かに見守る姿はなんとも凛々しい。

その傍には、奥様の晴美さんと息子の弘剛さん(4代目)。お嫁さんの純実さん。

長年積み重ねてきた作業のリズムが、1 人ひとりの身体に深く染み込んでいるかのよう。言葉は無くとも、互いの動きを見計らい、流れるような阿吽の呼吸で、次々に作業が進められていく。これが変わらない古賀家の日常。

コンプレッサーで圧力をかけ、豆腐の水を切るラウンド水切り装置は年代もの。長年、家族の歩みを見守っている

桶に移した豆乳を素早くにがりと合わせ、固まった頃合いに大きなしゃもじで崩す弘剛さん。

「固めて、崩して、また固める」

この崩し具合が仕上がりに大きく影響するため、重要な工程の1 つだという。

「同じ品種の大豆でも微妙に仕上がりが違うんですよ。季節や気温、湿度によっても変わってきますからね。浸水時間も状況を見極めて判断し、前日から仕込みを始めます。どんな状況にあっても感覚を常に研ぎ澄ませ、その日1 番の豆腐を作ることに専念する。やっぱりお客さんに美味しい豆腐を食べていただきたいから」

一丁の豆腐に込める真摯な想いと繊細な手仕事の積み重ねが「古賀豆腐店」ならではの絶妙な味を生み出す。

「幼い頃から製造工程を見ているため、流れはしっかりと把握しています。あとは感覚を磨くしかないですね」と弘剛さん。今後も時代にあった豆腐づくりを模索しながら、地域に愛される豆腐屋を目指したいと意気込む

佐賀県産の高オレイン酸大豆やうきは産の大豆、吟味厳選した各種 大豆を使用

尊敬と覚悟を胸に
言葉なき継承のかたち

保成さんが家業の豆腐づくりを始めたのは、21歳。
以来、今日に至るまで脇目もふらず、ひたすら豆腐一筋の人生を歩み続けてきた。

「父から直接教えてもらったことはありませんでした。失敗しても怒らず、何も言わない人でしたから……。父の背中を見て感覚を身につけるしかなかったんです」と当時を振り返る。

現在、そんな保成さんの背中を見ながら豆腐づくりに励む弘剛さんは、大学卒業後、一度は外の世界を知るために福岡市内でサラリーマンとして働いていた、両親から「継いでほしい」と言われたことは一度もなかったそうだが、心の奥底には「いつか自分が継ぐんだろうな」というぼんやりとした思いがあったという。

「社会に出て、サラリーマンが良ければそのまま続けていたと思うんですよ。でも、うきはが好きだし、家業は地域の人たちに喜んでもらえる仕事だったので、自分の意志で継ぐことを決めました」

人手が足りないため、登校時間まで工場の手伝いをし、小学校へ通っていた弘剛さん

幼い頃、目を覚ませば両親はいない。毎朝自宅敷地内の工場へ、てくてく歩いて向かった記憶があるそうだ。「あまりの忙しさにかまってもらえず、製造中は工場内の大きな桶に入れられていたんですよ」と、記憶をたぐり寄せながら笑みを浮かべる。

「祖父が退いてからは、祖母と両親の3人体制で乗り越えてきた姿をずっと見てきたので、本当にすごいなって思っています」

年中無休で働く家族の姿を、誰よりも近くで見てきた弘剛さん。その言葉に滲む深い敬意に、父・保成さんの目元がふっと緩んだ。

高オレイン酸大豆が切り拓いた、新たな豆腐の可能性
進化を続ける老舗の挑戦

基本的な製法を変えず、伝統を守り抜く一方で「古賀豆腐店」は進化し続けている。定番の木綿豆腐や寄せ豆腐に加え、近年、注目を集めているのが「高オレイン酸大豆」を使った商品だ。佐賀大学が30年以上の歳月をかけて開発した大豆をいち早く商品化し、世界初の豆腐として世に送り出した。中でも「高オレイン酸大豆」を使った厚揚げは、JR九州のクルーズトレイン『ななつ星』にも採用されるほど。

長年の地道な豆腐づくりが結実し、現在は、うきは市小中学校や田主丸給食センター、スーパー、旅館、病院、保育園、福祉施設、地元飲食店に至るまで、幅広く製品の引き合いがあり、食を支える欠かせない存在となっている。

「この豆腐のおかげで、いろいろな方とご縁がある。ありがたいことに、豆腐は”人をつないでくれるアイテム”ですね」と保成さん。

消防団や商工会、祇園祭の囃子方代表として、また、息子の弘剛さんも地域の行事に積極的に参加するなど、地元に根付いた縁を紡ぎ続けている。加えて、子ども食堂への豆腐提供や、うきは警察署の少年支援活動にも貢献するなど、今では豆腐づくりの枠を超えてうきはの豊かな町づくりと、次世代を育む活動を行っている。

直売所では出来立てを購入できる。道の駅うきは・にじの耳納の里でも販売中。どれも大豆のポテンシャルが引き出された、滋味深い味わい。豆腐のほかに、厚揚げ・豆腐ナゲット・ピーナツ豆腐・ごま豆腐・おからケーキ・手作りこんにゃくなども製造している

高オレイン酸大豆と国産大豆のおからで作る「おからかりんとう」は、ボリボリと固めの食感を楽しめ、素朴な味わいが人気!ついつい手が伸びる止まらない美味しさ

真面目に地道にコツコツと
豆腐に生かされ、続く未来へ

「私の背中を見なさい。伝えることはそれだけ」
3代目の言葉に「見るしかないですね」と、にっこり笑って受け止める4代目。

弘剛さんの言った言葉が心に響く。

「私は豆腐に生かされている」

うきはの自然に生かされ、豆腐に生かされ「古賀豆腐店」は2027年、100周年を迎える。

夜明けの工場で立ち上る白い蒸気。その向こうに見えたのは、揺るぎない家族の絆。

今日も、あしたも、あさっても。
うきは吉井の恵水とともに「古賀豆腐店」の変わらない朝が始まる。

銃砲所持許可と第一種銃猟免許を有し、猟友会に入っている保成さん。「うきは市は豊な自然に囲まれた町なので、狩猟に興味をお持ちの方がいらっしゃいましたら、喜んでいろいろお伝えしますよ!」

古賀豆腐店

福岡県うきは市吉井町940
TEL:0943-75-3305
営業時間:(直売所)7:00~19:00
定休日:なし

インスタグラム:https://www.instagram.com/kogato_futen/