クリエイティブの楽しみを秘めたジャムと
古き良き時代の住宅が紡ぐストーリー

Case.9

出石 薫さん
/
Jam&Cafeネコノテシャ
文:大内理加 (大内商店)
/
写真:Shintaro Niimoto (studio SARA)


うきはフルーツで作る色とりどりの作品と
昭和ノスタルジアに誘われて

昭和の炭鉱住宅をリノベーションした「Jam&Caféネコノテシャ」に入る時、いつでも「ただいま」と言ってしまいそうになる。玄関を入ってすぐの細い廊下の棚に並ぶカラフルなジャムの瓶をちらりと見ながら、帰りにどれを買って帰ろうかと思いを巡らせる。瓶の向こうに忙しく働く出石さんの背中に軽く会釈をして奥へ。カフェスペースに入ると、使い込まれた家具と独特なセレクトの本棚、窓辺には緑と金魚鉢と、記憶の中の昭和が蘇ってくる。どこかで見た事があるような、それでいて新鮮なような…。不思議な感覚を抱かせるこの空間もジャムと同じく出石さんの作品なのだ。
「この場所と出会えていなければ、出店していませんでしたね」
と語ってくれた出石さん。その言葉にあいづちを打つように、ワンマン電車が窓のすぐ外をガタゴトと走り去った。

玄関からの通路にはジャムがずらりと並び、お客さんがそれを眺めながら通路を歩く。出石さんの頭の中には、この建物に出会った時にはすでにこの風景がイメージに浮かんでいたという

出石さんが運命を感じたというソファをはじめ、昭和生まれの家具を集めた。「うちも同じものがあった!」と懐かしむお客さんも多い

うきは駅に向かう電車が窓のすぐ外を通る。赤や黄色の電車はもはやこの店の景色の一つ。電車の時間に合わせて店を訪れるのもおすすめ

フレッシュな果実の魅力をそのままに
フルーツ王国で磨かれた個性派ジャム

出石さんは長崎県佐世保の出身で、結婚を機にうきはにやってきた。嫁いだ先は桃や柿を育てる農家で、足の早いフルーツが腐ってしまうのを見かねて自宅でジャムを作り出したのがきっかけ。生来モノ作りが好きな研究家肌の出石さんは、図書館に通いつめて本を読み込み、試行錯誤しながら独学で味を作り上げた。
「一番美味しいのは生の果物なんです。だから、ジャムで大事にしているのは、生に近い色と食感、香りを出すこと。フレッシュでありながらもパンやヨーグルトに負けない存在感があり、なおかつ引き立たせる味。それは一年中果物が豊富に揃う、うきはという土壌があったからこそ作る事ができたんだと思います。住んだのは偶然からですが、そこはラッキーでしたね」
趣味のジャム作りが、出石さんの生業になるまでにそう時間はかからなかった。

「自分にしかできない事を糧にして生きていきたい」そう考える出石さんにとって、ジャム作りはまさに天職だったという

うきはの好きな景色について出石さんに問うと、「やっぱり耳納連山ですね。たまにとてつもなく神々しく見える時があって、思わず車を止めて写真を撮ってしまいます。リバーワイルドから見る筑後川もきれいだし。本当に豊かな土地ですよね。人も素晴らしくて、真面目な人がコツコツ作っている街でもある。そんなところが好きですね」

自分にしかできない味を作るため
生業としてのジャム作りを決意

「私は物作りが好きで、自分が作るもので商売ができないかと考えていました。うきはには果物が多いし、食品だからリピートしてくれる可能性が高い。お土産にもなる。何より、やってみると奥が深くて全く飽きなかった。そこで、私にしかできないジャムを作ろうと決めて、そのための場所を探し始めました」屋号を決めて名刺を作り、一人で営業を続けて、販路を開拓した。ジャムの需要が増えたところで8人の仲間と工房「コトコト舎」を設立。
「コトコト舎は将来的にジャムで独り立ちするための準備段階で、加工所として利用するつもりでした。でも、そこで出会った小塚さんという方がすごく楽しそうにカフェをやっていたのが印象的で。小塚さんの接客術を横目で盗みつつ、独立したらカフェもやろうと決めました」
いよいよ独立の気持ちが高まってきたところで、物件探しをスタート。運命の場所が見つかったのはそこから約1年後の事だ。

ジャムを作る時は、まず生の果物を皮まで食べてみて、いかに面白く引き出すかを考える。砂糖4種類を使い分け、お酒や塩などを組み合わせたり、違う食材と組み合わせたり、2層にしたりとレシピができるまでの過程は「まさに実験って感じですね」と出石さん

コトコト舎で共に働いた同志の小塚さんから届いた木彫りのオブジェ。いたずらっぽくも優しい表情が出石さんとも重なる

ジャムを作り初めて間もなく、屋号と共に決めたのはネコのトレードマーク。愛猫のフクちゃんがモチーフのイラストは猫好きにも人気

探しに探してたどり着いたのは
幸せな記憶をよびさます昭和住宅

「普段通らない道をキョロキョロしながら通ったり、いろんな人に聞いたり、いい物件を探すために動いていましたが中々見つからず…。そうしたらある時、ネットで偶然見つけたんですよ。実際見に行くと、隣が公園で、外を電車が走りよる!もうどストライクでした!炭鉱町から移築してきたアパートだそうで、自分と同じ歳なのも嬉しくて」
昭和45年に建てられたアパートは、楽しかった子ども時代の空気が残っているようで、この建物に出会えたのはまさに運命だと出石さんは語る。
「ここには駐車場が無くて、お客さんは歩いて3分くらいの市営駐車場に止めてもらっています。3分の距離は店にとってハードルなんだけれど、ここまでして来てくださるお客さんはお店にとって間違いなく良いお客さん。そんな人を大切にしたいと思って」

子どもの頃から本の虫という出石さん。本棚に並ぶのは詩集や絵本、マイナーな漫画など。ツボをついたセレクトにビビッとくる人も多い

「最初、この部屋は古すぎて貸せないと言われていました。キッチンもトイレも小さくて。ジャムを置いてくださっている素敵なお店を手がけた大工さんを紹介してもらって、フルリノベーションしました」キッチンは昭和の空気感を残しながらも、快適な工房に作り変えた

店舗周辺にはこんな地図が。なんだか隠れ家を見つけたような気持ちになる。車を降りて店までの3分間の道のりも楽しめそう

うきは食材を使った料理教室を通じて
作る楽しみ、食べてもらう喜びを伝えたい

現在はジャムを販売しながら、カフェコーナーで焼きたてのスコーンやランチなども味わえる。
「お客さんの顔が見える空間で、自分の好きなものを好きなように作る。お店を始めて本当に楽しいです」
そして、自分が感じた喜びをお客さんにも伝えたいと、出石さんはとある企画を考えている。
「実は料理教室をやろうかと思っています。料理って、ハードルが高そうに見えて意外と簡単。やってみると楽しくて自分のためになるし、うきはの食材を使った料理なら、この土地の素晴らしさも伝えられますから」
うきはの自然を閉じ込めた宝石箱のようなジャム、昭和住宅の中に広がる空間、それらを眺める出石さんのキラキラとした瞳、「ネコノテシャ」を取り巻く全てにモノづくりの楽しさが現れているようだ。

イングリッシュスコーンセット(¥450)スコーン生地に練りこまれたブルーポピーシードのプチプチ感がアクセント。ジャムは日替わりで3種類あり、この日はあまおうとはっさく、キウイがセットに。素朴なスコーンがジャムのみずみずしさをよく引き立てている

営業のお知らせは黒板でチェック。ネコ好きの熱い注目を浴びるトレードマークのフクちゃんなど、出石さんの遊び心も垣間見える





どこか懐かしくなる感じは世代を超えて伝わるらしく、昭和を知らない高校生も常連とか。この笑顔を見れば納得できる気がする

<店舗情報>

店名:Jam&Caféネコノテシャ(ジャムアンドカフェ ネコノテシャ)

FB:https://www.facebook.com/nekonote48/
INSTAGRAM:https://www.instagram.com/nekonote48/

住所:うきは市浮羽町西隅上5-2コーポ平川1号
TEL:090-5290-5551
営業時間:土、日、月の週3日営業(12:00〜16:00)