

変わりゆく時代をどう生きていくのか
ワンオペで、まちのパン屋の未来を切りひらく
Case.35

2023年4月に「パン屋 なかがわ」を起業した店主 中川興平さん
人口減少、後継者問題、物価高騰……。
これからのまちのパン屋のあり方、リテールベーカリーのあり方、そして仕事のあり方が目まぐるしく変化する時代へ突入した現在。
地域のパン屋が生き残っていくために想いを巡らせ、ワンオペレーション(ワンオペ) 体制にて小さなクロワッサン専門店を営む、店主・中川興平さん。
「ワンオペで店を経営しているので自由にやれていいですよ」とさらりと言うが、苦労も多いのでは?とついつい心配になってしまう。
だがそんなことはよそに、「大変だけど大変だと思ったことはないですよ」と軽やかに言ってのけた。

修業時代に美味しいクロワッサンに出会えたことが「クロワッサン専門店」の原点
毎日、製造・仕込み・販売・洗い物・経理に至るまで、すべてひとりでこなすワンオペ体制。
効率化が求められる時代にあって、一見すると非効率に見える働き方だ。
だが、その忙しさ以上に彼にとって大切なのは「自分が作ったパンを、自分の手でお客さんに販売する」ということ。この体制こそ、興平さんがやりたかったこと。


焼き上がりには細心の注意をはらい、絶妙なタイミングで窯から取り出す

値下げ競争の波には決して乗らない。
店の状況を見ながら、仕込みの量や焼き上げる数量を調整していき、フードロスの観点から必要以上に作らないのが鉄則。
もちろん無くなればその日は店を閉める。
利益を守るのも、品質を守るのも、1 人だからこそブレない。
時代が変わりゆく中で“まちのパン屋” がどう生き残っていくか、彼なりに考え抜いた末のスタイルがここにある。

興平さんのルーツは、曽祖父が戦前に饅頭屋を始めたことにさかのぼる。
戦後、祖父の代でパン屋となり、父の代で「ブーランジェリ ナカガワ」として規模を拡大。
病院などにも卸す大きなパン屋へと成長した。

先代のパン屋で長年使用されていたパンケースは今も健在だ
そんな中、興平さんは父の元を離れ、20歳で北九州の某有名パン屋へ修業に入る。
従業員数も多く、寝静まる夜中から仕込みをする忙しさを経験した。
その後、26歳で戻り、父の店で17年間ひたすらパンを作り続けたそう。
だが、“技術は目で盗む世界” で叩き込まれた価値観は、父とは大きく異なっていたのだ。
「これからのパン屋のあり方はこれでいいのだろうか……。時代にあうワンオペの店をしてみたい。となれば今の店では広すぎる……」

模索して出した答えが、店を継ぐのではなく、あえて「廃業」し、ワンオペ規模の新たな店を立ち上げるという決断。
そこで、入念な準備のもと、父の終の住処として長年管理している、うきは市の古民家へ移住を決めた。
敷地内の倉庫を改装し、いよいよ挑戦がスタート。
この選択があったからこそ、今の「パン屋 なかがわ」のスタイルが際立っている。


民家が立ち並ぶ一角に佇む店舗。町の雑踏とは無縁の静かな場所は居心地がよい
変わりゆく時代に、変わらない手仕事を
ご常連からヒントを得た、“作りたて”を提供するスタイル
クロワッサン専門店として店頭にラインナップされているのは、プレーンのクロワッサンやうきはのフルーツを使った限定の日替わり商品。日によっては、約75年続いた老舗の味を復活させた「食パン」も並ぶ。



予約をすれば「食パン」や「バゲット」も購入OK
カスタードクリーム、チョコクリーム、あんバターなどがサンドされたクロワッサンは、注文を受けてから一つひとつ作るスタイルをとっている。
オペレーションは大変だが、このスタイルにこだわる理由は一つ。
「効率だけ考えたら、並べておいた方がラクなんですよ。でも、『作りたてはやっぱり美味しい!』と言ってもらえるのが何より嬉しくて。常連のお客様からの要望で始めたのがきっかけです」
その言葉通り、地域の方や遠方からの来店客が後を絶たない。
特に人気を集めるのは、たっぷりの粒あんとバターを惜しげもなくサンドした「あんバタークロワッサン」。
ただ甘いだけじゃない、小豆の風味がしっかりと感じられる粒あんとスティックタイプのバターが挟み込まれている。もうカロリーなんて気にしない、いや、気にしたくもないその姿に、たちまち魅了される。
想像しただけで、パリッ&サクッとした食感とバターの香り、恍惚な味わいが思い浮かぶ。

写真は「板チョコバター」
妥協しないポイントは、やはり生地作り。
クロワッサン専門店というからには冷凍生地は決して使わない。
シーターのペダルを踏み、レバーを操り、バターの柔らかさと生地の柔らかさを均等に折り込んでいく。


シーターというマシーンを使い、右に左にと生地を徐々にのばしていく
以前は三つ折り3回だったそうだが、今では四つ折り2回となり、常に最適を探りながら“その日のベスト” を作っている。
生地の仕込みから焼き上げまで、なんと3日。
バターの芳醇な香りとサクサク食感のクロワッサンは1日にしてならずである。


うきはの小麦を使ってパン作りもしてみたいと意欲を見せる興平さんは、アプリの導入やMEO対策(地図検索エンジンで上位表示させるための施策)など、工夫を重ね、10年先を見据えて未来を描いていく。
うきは市は、人口減少や若者の担い手不足など地域課題がある。
興平さんはその状況に移住者として強く意識を向ける。
「若者が増えていく魅力あるまちづくりのために、自分も何かできればと思っています。うきはにラグビーチームがあることを例えて言うならば、今こそ、みんなでしっかりとスクラムを組んでいくことが必要なのでは」と話す。

「うきはには澄んだ空気や水、美味しい食材など自然の恵みが豊富。そしてポテンシャルの高い町。移り住んだからこそ、その良さがわかるんです。今後のうきはの町をさらに元気にしていくために、自分に何ができるのかを問い続け、町の発展のために頑張っていきたいですね」
その思いを小さなクロワッサンに託し、ワンオペでパン作りに励む興平さん。
うきはの町でスタートした、“まちのパン屋” の挑戦はいかに。
今日も忙しい中、楽しくパンを作っている姿が目に浮かぶ。


自然豊かなうきはの地の利を活かし、パン屋に隣接する主屋では民泊も行っている
パン屋 なかがわ
福岡県うきは市浮羽町山北1099-2
TEL:090-5741-9658
営業時間:8:00~16:00
定休日:月曜・火曜