経営者として、職人として、住人として
うきはの町の未来を考えています

Case.7

中野 恭輔さん
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cake.cafe.miel
文:大内理加 (大内商店)
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写真:Shintaro Niimoto (studio SARA)

昔ながらの町屋で出会ったのは
うきはの宝石とこだわりを詰め込んだ逸品

うきはのメインストリート沿いに軒を連ねる町家の一軒から甘い香りがふわりと漂ってくる。入口の引き戸をガラリと開けると、パウンドケーキやクッキー、フルーツのタルトなどが並ぶモダンなスイーツショップだと知って驚いた。一番人気はうきはのフルーツをこれでもかと言わんばかりに盛った【うきはタルト】。まるで今摘んできたのかと思うほど、はちきれんばかりの果実がキラキラと輝いている。
「一般的にはフルーツにシロップを塗るのですが、余計な味をつけたくないので塗っていません。その分、新鮮なものを使うようにしています」
一口食べると、フルーツのみずみずしい甘みと酸味、ほのかな苦味まで、おいしさがギュッと詰まっていて、ここがフルーツの王国・うきはという事を改めて気付かされる。
作ったのは、生粋のうきは人の「miel」オーナー中野さん。

中野さんが修業したのはウィーン菓子のお店。「今は普通に機械を使う所が多いのに、昔からのやり方を通して全て手で作るお店でした」今でもそのやり方を引き継いでいる。生菓子はその日中に食べてもらうのもこだわりで、2〜3日後に食べる人にはおすすめしない。 ホロリと砕ける焼き菓子やしっとりとした生地にバターが香るマドレーヌなど、全てのお菓子に中野さんの美学が詰まっている。目移りしそうなメニューはお一人様にも手頃なサイズが嬉しい。

いまが旬のイチゴ満載のタルト。もちろんうきはのイチゴ農家産。

焼き菓子も一つ一つ手作り。はかなく崩れる食感と上品な甘さの「ほろほろ和三盆(250円)」などのクッキーはギフトにもぴったり。

修業後に迎えた人生の岐路、
故郷の窮状をきっかけにUターンへ

中野さんがお菓子の世界に踏み出したのは、お母様とおばあさまとの思い出による。
「子どもの頃、よくお袋がクッキーやシュークリームを作ってくれていたんですね。それが記憶に残ってたのかな。そのうちに自分でも料理を作るようになって、おばあちゃんにあげると喜んでくれたんです」
進路を決めた時は、うきはにもまだ活気があった。多くの若者と同じく、中野さんもこの町を出て夢に向けて歩き出した。専門学校を経て神奈川のパティスリーで働き、独立を考えた時の選択肢は海外に行くか、今の場所に留まるか、地元に帰るかの3つ。ちょうどその頃うきはが水害に見舞われた。
「水害の被害もひどかったし、町もかなり廃れていたんです。帰るたびに店が減っていて。その光景を見てから、地元に何かできないかと考えるようになりました。出店するなら場所は子どもの頃に遊び歩いたメインストリートしかないと思い、この場所を見つけた時に即決しました」

店舗前の道路はうきはのメインストリートで観光客も多く通る。中野さんにとっては子どもの頃から慣れ親しんだ遊び場でもある。

異なる世界にこそヒントがある。
様々な人々の助言を受けて窮地を脱出!

独立の準備期間は約一年。「九州ちくご元気計画」に入ってノウハウを勉強した。
「通常の創業者よりは一回り多いくらい経営計画を立てていたのですが、フタを開けると全然思い通りにならなかったですね。資金面が思った以上に厳しくて、お客さんも全然こない。辞める手前ギリギリでした」
窮地の中野さんは同業の先輩に相談に行くのと同時に、異業種の人の意見を求めた。
「デザイナーさんやカメラマンさんなど異業種の人たちは、物の見せ方など今まで僕らが気付かなかった事を教えてくれました」
多くの起業者は自分の思いを優先するあまり、人の意見を聞かずに迷走してしまう事が多々ある。早いうちに様々な人の意見の重要性を知った経験は財産だと中野さんは言う。その体験は一緒に働くスタッフに対しても生かされている。

目印となるロゴは起業前に「九州ちくご元気計画」で学んだノウハウと人脈が生かされたもの。町家にも馴染むシンプルなデザイン。

内観はシンプルではあるが温もりのある空間。カフェコーナーではケーキと共にドリップコーヒーや紅茶、レモンジンジャエール、みかんジュースなどが楽しめる。この日は、青森から来たという女性がケーキを食べに訪れていた。しばらくの間うきはに滞在していたが、明日帰るので最後に訪れたそうだ。離れるのが名残惜しくなるような、そんな味わいがこの店にはある。

まるで家族のようなスタッフと一緒に
うきはの誇りをスイーツに込めて

経営と孤独はリンクしないというのが中野さんのモットー。オープン時には長年の親友を引き抜いて、二人で戦い抜いてきた。
「彼は僕とは別の感性を持っているので、とても助かっています。スタッフが増えても、皆によく怒られます。自分が苦労して仕上げた試作品でも「普通」とか「食べにくいとか」割とはっきり言われることもあるし」
オーナーなのに一番怒られるという不思議な立場の中野さん。自分の中で味覚と技術に対する自信があるからこそ、フラットに意見を取り入れて、新たなおいしさへアップデートできるのだ。
そんなやりとりを経て生まれた商品は、うきはの食材を使って一つ一つ手作りで仕上げた自信作。特に旬のフルーツをふんだんに使ったスイーツは華やかな見た目と手ごろな価格とのギャップに2度驚かされる。
「この価格はフルーツが豊富なうきはとしてのプライドですね。うきはとして戦えるところでは全面的に戦いたい。食べた人全てがまたリピートしたいと思うくらいのケーキは出したいから」
ナチュラルな態度の合間には、やはり熱い職人魂が隠れている。

一番人気(取材時)の「うきはタルト(1カット380円)」。サクサクと軽いパイ生地と甘さ控えめのカスタードがフルーツの味を引き立てている。

厨房も明るく清潔感のあるホワイトで統一。一日働きづめのオーブンからはバターの良い香りが漂う。

「創業当時は自分の作ったものにお金が付くのが不思議な感覚でした。ケーキ1個750円としたら、一般の時給くらい。しかもわざわざ足を運んで買ってくださっているのは本当にありがたい。自分の商品を買ってくれているのは、支持してもらっているようなものですから」

地元への愛をモチベーションに
さまざまな人々と町づくりについて考えたい

日々スイーツと格闘する一方、経営と町づくりは切っても切り離せない事にも気づいた。
「自分達の状況とうきは市の状況って結構似ていて、うきは市に人がいるとお客さんの数が増えて売り上げがアップする。閑散としている時はお客さんも減る。だから、町が一年中賑わうためにはどうすればいいか、10年、20年と息の長いスパンで町づくりを考えなくてはならないんです。周辺地域とも垣根を超えて連携して盛り上げていきたいし、お店同士でも協力しないと」
まだまだ課題は山積みの状態ではあるが、真剣に取り組む事がやりがいになっているのも事実だ。
「町づくりに参加していると、地元に戻って来て断然良かったといつも思います。うきはの良さって、まず人が皆優しくて住みやすい所。でもその反面、平日は閑散としていて、まだまだ発展途上なエリアでもある。移住してくる人も増えていますが、うきは市のいい所も悪い所もきちんと知って、この土地を好きになって来てほしい。そして一緒に盛り上げていけるといいですね」
人とのつながりが大きな武器になることを知っている中野さんの言葉は、うきはの暮らしにとって大きなヒントを与えてくれた。

通り沿いからのぞくと格子戸沿いに厨房が見える。不思議とマッチした和と洋の世界は、mielならではの景色だ。

100年以上もの長い歴史を持つ町家は存在感たっぷり。初見の人はまず日本家屋の中に並ぶ洋菓子のギャップにそそられるという。

「スタッフは4人いるんですが、守ってもらっているという気持ちが大きい。助けてもらっている以上、うちで働いているメリットを感じて欲しい。それは、技術だったり、待遇だったり、何かしらで返していきたいというのが僕のモチベーションの一つですね。それに若い子のアイデアややる気はすごく嬉しい。スタッフが作ったもので良いものがあればどんどん商品化します」

<店舗情報>

店名:cake.cafe.miel(ケーキ・カフェ・ミエル)

WEB:http://mielukiha.com
FB:https://www.facebook.com/mielukiha/
INSTAGRAM:https://www.instagram.com/miel_ukiha/

住所:福岡県うきは市吉井町1340
TEL:0943-75-3802
営業時間:11:00〜18:00
Open 10:00〜19:00/cafe closed 18:00/Closed 第3水曜日