老若男女を虜にする最高の一杯を追い求めて
ラーメンの求道者が故郷で目指す夢
Case.8
熱い、とにかく熱い。目の前のラーメンではなくて、店主の鹿田さんの心意気が、である。梅小路横丁の細い小道の途中に、中華そばの提灯がぶら下がった「おさみ」。こちらは福岡県では珍しく、鶏ガラスープの中華そばがメインで、週末ともなれば県外からのラーメンマニアが訪れる人気店だ。食券機の上の説明書きを読みながら、何気なくメニューを選んで、席に着く。飴色のテーブルの上に運ばれた中華そばのスープをまず一口。ここで、ただ事ではない店だと気付くだろう。琥珀色のスープは喉を心地よく通り、その深いコクと軽やかな余韻に何より驚く。従来のあっさり味というイメージは見事に覆され、九州人にとって未知の領域と言える「中華そば」の世界の奥深さについて身をもって知る事となる。とはいえ、この味は関東でもお目に書かれるものではない。「自分が感動できて、どんな人でも100%満足させる味。それができたら死んでもいいですね」と言い切るラーメン馬鹿以外には出せない味だ。
実は、子どもの頃からラーメンが嫌いだった鹿田さん。時給が高かったというだけで選んだバイト先のラーメン店で人生の転機が訪れる。「たまたま自分が作ったラーメンを出した時に、お客さんに美味しかったと言われたんですよ。その瞬間にカミナリに打たれたみたいに鳥肌がビリビリッと立って、痺れるくらい嬉しかった。その感動が忘れられなくて、そこからはラーメンの事しか考えられなくなりました」人生に1度あるかどうかの劇的な瞬間を経て、鹿田さんのラーメン道は幕を切った。その後、ラーメン店や割烹でも修業し、激戦区・福岡で豚骨ラーメンの店「遊楽」を開いた。「自分のラーメンは、豚骨の本場で通用するか試したくて遊楽を出しました。店は5年弱続きましたが、都心は店も多いし、自分はPRも上手くない。経営が安定するほどのお客さんを掴めていなくて、ずっと悩んでいました」鹿田さんに2度目の転機が訪れた。
「ちょうどその時に考えていた中華そばで心機一転仕切り直そうと決心したんです」今までの豚骨とは路線をガラリと変更した中華そばをメインに、最後の勝負のつもりで選んだのは故郷のうきは市。「知り合いも多いし、エリア的に競合店が少ない。それに豚骨ではないスープなら、話題性もあるかと思いました。うきはに来てみると市役所の人やメディアが取り上げてくれて、地元の人も外食の選択肢も増えたと喜んでくださって。お客さんがじわじわ増えました」ここでも、お客さんの存在が鹿田さんの拠り所になった。その思いに応えようと、鹿田さんの探求はより進む。
ただし、味作りに関しては、自分の舌を信じるのがモットー。「お客さんが美味しいと思える味なんて雲を掴むようなもの。そうではなく、純粋に自分が感動できる味を気に入ってくださればいいですね」
鹿田さんの一杯は、鶏ガラスープに和風だしを加えて味に深みを持たせているのが特徴。だしを取った昆布と椎茸は刻んでラーメンに食感のアクセントを加える。麺は、京都の麺屋から取り寄せた多加水麺を合わせた。従来のイメージにとらわれない発想は斬新にも思えるが、その根本はいたってシンプル。「自分が思う最高の一杯は、一口目のインパクト、十分なコク、そして出汁がしっかり効いている事。素材本来の出汁の味を感じて欲しいと思っています」毎日大量の鶏ガラで丁寧にダシをとり、いいダシが出ると聞けば珍しい乾物を取り寄せて試してみる。「中華そばでもラーメンでも、定型に捉われずお客さんが喜んでくれればなんでもありだと思っています。目標は最高の一杯を作る、それだけですね」
鹿田さんは毎日必ず自分で作ったラーメンを食べる。「これで完璧と思っても、数日したら改良点が見えてくる。それを解消するために毎日反省してあの手この手で試行錯誤しています」オープン時にはややあっさりしていたスープが、今では力強いコクを感じる味わいに変わった。まるで、鹿田さん自身の成長を示しているかのように。また、日に日に味わいを増す中華そばの追求だけではなく、今新たに取り組んでいる「鶏白湯」にも注目をしたい。鶏ガラをグラグラと強火で煮込んで、白く濁らせた鶏白湯スープは、鶏の旨味がダイレクトに伝わるのが特徴だが、きっと鹿田さんのことだから、さらなる仕掛けがあるに違いない。