老若男女を虜にする最高の一杯を追い求めて
ラーメンの求道者が故郷で目指す夢

Case.8

鹿田 修さん
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中華そば「おさみ」
文:大内理加 (大内商店)
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写真:Shintaro Niimoto (studio SARA)


中華そばの新たな扉を開く、
ラーメン狂の華麗なる一杯

熱い、とにかく熱い。目の前のラーメンではなくて、店主の鹿田さんの心意気が、である。梅小路横丁の細い小道の途中に、中華そばの提灯がぶら下がった「おさみ」。こちらは福岡県では珍しく、鶏ガラスープの中華そばがメインで、週末ともなれば県外からのラーメンマニアが訪れる人気店だ。食券機の上の説明書きを読みながら、何気なくメニューを選んで、席に着く。飴色のテーブルの上に運ばれた中華そばのスープをまず一口。ここで、ただ事ではない店だと気付くだろう。琥珀色のスープは喉を心地よく通り、その深いコクと軽やかな余韻に何より驚く。従来のあっさり味というイメージは見事に覆され、九州人にとって未知の領域と言える「中華そば」の世界の奥深さについて身をもって知る事となる。とはいえ、この味は関東でもお目に書かれるものではない。「自分が感動できて、どんな人でも100%満足させる味。それができたら死んでもいいですね」と言い切るラーメン馬鹿以外には出せない味だ。

大通りから一本の小さな路地「梅小路横丁」には、数店の居酒屋が軒を連ねる。どこもこぢんまりとした佇まいながら、面白い店ばかり。うきはに住む飲兵衛なら一度は通った事があるはずだ。

「おさみ」とは、鹿田さんのあだ名から付けた。友人が多いので呼びやすいようにとの反面、自分の名前を付けることで、自分自身にプレッシャーをかけている。昼は通りに看板が出て、夜は提灯が灯る。今では周辺の目印代わりになっている

中華そばを手がけるのは鹿田さんのみ。「一から十まで作りたがる性分なので、人に任せきらんですね」手間を惜しまず真摯に向き合う

「美味しかった」の一言がもたらした分岐点
ラーメンの本場で実現した最初の出店

実は、子どもの頃からラーメンが嫌いだった鹿田さん。時給が高かったというだけで選んだバイト先のラーメン店で人生の転機が訪れる。「たまたま自分が作ったラーメンを出した時に、お客さんに美味しかったと言われたんですよ。その瞬間にカミナリに打たれたみたいに鳥肌がビリビリッと立って、痺れるくらい嬉しかった。その感動が忘れられなくて、そこからはラーメンの事しか考えられなくなりました」人生に1度あるかどうかの劇的な瞬間を経て、鹿田さんのラーメン道は幕を切った。その後、ラーメン店や割烹でも修業し、激戦区・福岡で豚骨ラーメンの店「遊楽」を開いた。「自分のラーメンは、豚骨の本場で通用するか試したくて遊楽を出しました。店は5年弱続きましたが、都心は店も多いし、自分はPRも上手くない。経営が安定するほどのお客さんを掴めていなくて、ずっと悩んでいました」鹿田さんに2度目の転機が訪れた。

バイト時代のエピソードをまるで最近の事のように話す鹿田さん。
人生の転機は今でもはっきりと覚えているほど、強烈だったという

おさみの店内には「遊楽」のポスターも飾っている。当時のファンから遊楽の豚骨ラーメン復活を望む声もあるというが…

故郷うきはで最後の勝負!
地元の協力を受けて、中華そばがヒット

「ちょうどその時に考えていた中華そばで心機一転仕切り直そうと決心したんです」今までの豚骨とは路線をガラリと変更した中華そばをメインに、最後の勝負のつもりで選んだのは故郷のうきは市。「知り合いも多いし、エリア的に競合店が少ない。それに豚骨ではないスープなら、話題性もあるかと思いました。うきはに来てみると市役所の人やメディアが取り上げてくれて、地元の人も外食の選択肢も増えたと喜んでくださって。お客さんがじわじわ増えました」ここでも、お客さんの存在が鹿田さんの拠り所になった。その思いに応えようと、鹿田さんの探求はより進む。
ただし、味作りに関しては、自分の舌を信じるのがモットー。「お客さんが美味しいと思える味なんて雲を掴むようなもの。そうではなく、純粋に自分が感動できる味を気に入ってくださればいいですね」

京都から毎日仕入れる麺は、細いが水分量が多く適度なコシが味わえる。九州ではちょっと見慣れない麺だ。本来の食感を生かすため、湯切りは優しく丁寧に仕上げる。スープの旨味を身にまとい、つるりと喉に滑り込んでくる麺は、食べごたえも十分

ジャンルを問わず試さずにはいられない
至高のラーメンを目指して“研究”の日々

鹿田さんの一杯は、鶏ガラスープに和風だしを加えて味に深みを持たせているのが特徴。だしを取った昆布と椎茸は刻んでラーメンに食感のアクセントを加える。麺は、京都の麺屋から取り寄せた多加水麺を合わせた。従来のイメージにとらわれない発想は斬新にも思えるが、その根本はいたってシンプル。「自分が思う最高の一杯は、一口目のインパクト、十分なコク、そして出汁がしっかり効いている事。素材本来の出汁の味を感じて欲しいと思っています」毎日大量の鶏ガラで丁寧にダシをとり、いいダシが出ると聞けば珍しい乾物を取り寄せて試してみる。「中華そばでもラーメンでも、定型に捉われずお客さんが喜んでくれればなんでもありだと思っています。目標は最高の一杯を作る、それだけですね」

名物の中華そば(680円)は豚骨推しの地元人をはじめ、ご年配の方や女性など、中華そばに親しみがない人にも支持されている

人気急上昇中の汁なし担々麺「辛味まぜそば(¥680)」。旨味の後からマイルドな辛さジワリ。ムチムチの釜ゆで麺にもよく合う

ご飯にひき肉のあんをたっぷりかけて、角切りのチャーシューをごろりとのせたチャーシュー丼(380円)。ハムのようにさっぱりとしたチャーシューなので、ラーメンと合わせてもペロリといける。箸休めのキュウリの浅漬けは鹿田さんのお母様のお手製

日々の研鑽を重ねながら
期待度120%の新作を開発中!

鹿田さんは毎日必ず自分で作ったラーメンを食べる。「これで完璧と思っても、数日したら改良点が見えてくる。それを解消するために毎日反省してあの手この手で試行錯誤しています」オープン時にはややあっさりしていたスープが、今では力強いコクを感じる味わいに変わった。まるで、鹿田さん自身の成長を示しているかのように。また、日に日に味わいを増す中華そばの追求だけではなく、今新たに取り組んでいる「鶏白湯」にも注目をしたい。鶏ガラをグラグラと強火で煮込んで、白く濁らせた鶏白湯スープは、鶏の旨味がダイレクトに伝わるのが特徴だが、きっと鹿田さんのことだから、さらなる仕掛けがあるに違いない。

普段は穏やかな鹿田さんも厨房に入るとキリッとした佇まいに。スープの味を細かくチェックしながら、麺のゆで加減にもこだわる

店舗はたまたま入った不動産屋さんで紹介してもらい、内装はDECOWORKSが手がけた。「ただおしゃれにはしたくなかったんですよ。だから、ちょっと泥臭い感じを出したいとオーダーしました。実際に自分も工事を手伝えたし、全体的にとても気に入っています。特に思い出深いのは天井。木材を一本一本貼って、一日がかりで仕上げたんですよ。最後の一週間はほぼ不眠不休でしたね」

店内には「一日一麺」の看板が。頂き物との事だが、今の鹿田さんにぴったりな言葉でもある

「ラーメンに出会うまで、何も自信がなくて、やりたい事も見つからず悩んでいたんです。でも、ラーメン作りだけは、とにかく好きだから、コツコツやるのが苦じゃない。唯一、人の役に立てるのがラーメン作りだと思います」晴れ晴れとした笑顔で語ってくれた

<店舗情報>

店名:中華そば おさみ

住所:うきは市吉井町1242-1-6

営業時間:11:00 – 14:00
定休日:水曜、日曜
https://www.instagram.com/ukiha_osami/