ものがたりの始まりは、
茅葺屋根の家との奇跡の出会い
Case.3
冬の里楽
黒板に書かれたメニューには、地元・うきはのお茶や棚田米、林さんがご夫婦で育てた野菜や果物など、里山の豊かな恵みを活かしたお料理が並びます。取材に伺った1月の卓上には、猪・里芋・人参・だごがたっぷりと入り、体の芯から温まる猪汁が。
礼子さんお手製の猪肉を使っただご汁
林さん夫妻はもともと揃って関東出身。夫・和弘さんがあるアイスクリームメーカーの仙台支店に勤めていた頃に、偶然、田舎暮らしに関する雑誌の見本誌を手にしたことがきっかけで、この茅葺屋根の家と出会いました。いわゆる「一目惚れ」だったそうです。
うきはへ移住するきっかけとなった、この家との出会いを、オーナーである夫・和弘さんにうかがいました。
「元々、将来は何か店をしたい、田舎で暮らしたいと思っていましたけれど、この本を手にするまでは九州にうきは市というところがあるって全く知りませんでした。ですから、本との出会いが無ければ、きっとここに来る事はなかったです。信州とかいいなぁと思ってましたけど、普通のサラリーマン生活で貯めた資金で購入は厳しかったんですよね。それで、他の地域についても探してまして。本当にあの時のあの本にこの家が載っていたことが奇跡みたいです。何がきっかけになるかわかりません。」
実際に家を見に来たところ、屋根をはじめあちらこちらに痛んでいるところが。それでも、「手を掛ければ何とかなる!」と決意、購入されたのが約10年前のこと。それから、和弘さんは転勤願いを出し、福岡市へ。平日は仕事、週末に夫婦で新川へ寝袋持参で畑の手入れ・家の管理作業に通う日々が始まりました。途中、和弘さんの広島への転勤がありましたが、その頃も、なんと片道4時間(!)かけて通っていたそうです。「家の中で寝袋使って・・・キャンプのようで楽しかったですよ!」と、当時の心境を楽しげに。
最近はこうした葺替えを出来る職人さんも少なくなっているそうです(林さん撮影)
屋根の葺き替えや壁塗りなどの改修の目処がつき、本格的にこの家に住み始めたのは一昨年の夏、そしてお店がオープンしたのは昨年の夏のこと。移住がひと段落するまでの間に、礼子さんは妊娠、出産。元気でかわいらしい男の子のお母さんになっていました。
地域の方々との交流は、福岡や広島から家の管理や畑の手入れをするために通っていた頃に始まりました。美味しい差し入れを持って遊びに来てくれたり、里山暮らしに必要な知恵を教えてくれたり。お2人の柔らかな雰囲気が、地域の方々にも馴染みやすかったのかもしれません。妻・礼子さんにも、当時のお話をうかがいました。
「この建物自体が古くから伝わって貴重なもので、改修については規制も色々とあって。最初はそれこそ2人で頭を抱えていたんです。そんな時に、地域の方に伝建地区で活用できる補助金*1がある、と教えていただいたり。あとは・・・お水ですね。お水も最初は川から水をひいていたのを、共同井戸を掘る事で活用できる補助金*2があるから、一緒にやろうと声を掛けていただいたり。3軒で共同井戸を掘ったんです。お店をするためには絶対に必要だけど、家の購入と改修で費用がかかっていたので、井戸をうちだけで掘るっていうのはかなり厳しくって。本当に助かりました。皆さんのおかげです。」
当時を語る礼子さん
それと、都会暮らしよりも生活コスト自体は少なくても済むけれど、それでもそれなりに現金は必要。林さん夫妻の場合、「お店がある程度軌道に乗るまでは、暮らしの糧は別の手段で」と考えました。
現在、店の切り盛りは、礼子さんが店長として行い、和弘さんは家から歩いて数分の姫治小学校に用務員として勤務しています。ちなみに、この用務員の仕事も、地域の方から「こげな求人が出とるよ~」と教えてもらったことがきっかけです。
「気に掛けてもらっていることが本当にありがたかったです。人情に助けられています。」と、地域の人々に支えられている事を実感する毎日です。
さて、地域の方々との繋がりに支えられて始動した「里楽」ですが、現在、直面している課題も。それは、世の大勢の仕事を持つお母さんが直面する「子育てと仕事の両立の難しさ」です。礼子さんは、3歳の男の子のお母さんであり、店長なのです。
夏、ブルーベリーの収穫のお手伝いを頑張る(!)息子さんの微笑ましい後ろ姿。
3歳と言えば、お母さんに沢山甘えたい一方で、どんどん活発になる年頃です。とは言え、お客様がいらっしゃる時は、「店長」である礼子さんが息子さんの相手をするわけにいきません。そこで、息子さんは平野部の保育園へ入所。和弘さんか礼子さんどちらかが、車で送り迎えをしています。但し、保育園にあずけられない日には、どうにかして夫・和弘さんが踏ん張って、息子さんの相手をすることになります(ちなみに、林さんの場合、お店を営業する土曜日は毎週延長保育を利用し、日曜日保育を利用しているのは、H27年現在「月に1度」です)。
会社員生活が長く、40歳を過ぎるまであまり子どもと接する機会が無かった和弘さんにとって、どっぷりと子どもの相手をすることは、嬉しいことでもあり(正直に言うと)しんどいことでもあります。礼子さんも、小学生に上がるまでは、夫婦力をあわせて育児とお店の営業の両立をどうするか、もがく事が続くだろうと覚悟しているそう。
「育児や家事・・・やらなければいけない事は確かにあります。男性は、もっとストレートに夢を追えるから、それはうらやましいと思います。でも、子育てしながらでも、歩みは遅くとも、半分しか出来なくても、出来ることが幸せ。ちょっとずつでも前へ進めたら、何か出来る。夢は諦めたくないと思っています。」
子育てと仕事の両立は、働くお母さん共通の悩みです
言葉を1つ1つ選びながら、礼子さんの話が続きます。
「子どもがかわいそうという考え方もあると思います。うちの場合は、核家族、そして関東出身で身内に頼れないということもあって、お店を続けていくために、時には困難もあるかもしれません。けれど、私の親も飲食店をしていて、じゃあ自分がかわいそうだったかって言うと、そんな事は感じてなかったんです。だから自分もお店をやりたいって思えるんだと思います。息子には、一生懸命働く親の背中を見ながら、育っていって欲しい。もがきながらでも、頑張ろうと思っています。」
さて、お店のことですが、新たな課題も見つかりました。茅葺屋根の古民家ゆえ、夏は屋根からの熱は茅で吸収されとても涼しく過ごせるのですが、冬には温まった空気が抜けてしまうため、とにかく寒いのです。そこで、「冬季は予約が入った場合のみ営業」というスタイルに切り換え、焦らずに「加工品作りに取り組む期間」と考えるようになりました。まず広く認知してもらうためのPR商品としてかりんとうやジャム、オリジナルハーブティーなどの加工品を作り、里楽の店頭で販売する以外に、卸販売も始めています。最近は、近くの旅館にも置いてもらえるようになりました。
オリジナルの商品。じわじわとファンも増え始めています
礼子さん曰く、「素敵なものが沢山あるし、ちょっとした事で出荷できないような、本当にもったいないものが多いんです!うきはの美味しさをもっと伝えていきたいです。」との事。新たな加工品作りに前向きに取り組んでいます。
さらに今後は、「活動の幅を広げ、他の事業所さんと連携したサービスを開発して、ベリー狩りや木工、石鹸作りの体験プログラムなどの提供をしていきたい」と考えています。「食べるだけでなく、1日ゆっくりと楽しく里山を体験してもらえるような、お客様とひめはるが出会ってもらえるようなお店」が最終的な目標です。
【お店からのお知らせ】
うきはの山あいにある築160年の古民家を素敵にリノベーションしたカフェ。日本棚田百選「つづら棚田」や新川田篭地区伝統的建造物群保存地区を訪れる際に気楽にお立ち寄りください。ブルーベリーなどのベリー摘みや、ジャムづくり体験などのメニューもあります。
※日曜・祝日は前日までに要予約
<店舗情報>
https://relaxu.wixsite.com/relaxu
住所 〒839-1413
福岡県うきは市浮羽町新川3918-1
電話番号 0943-77-2275
営業時間 11:00~17:00
定休日 火・水・木
※ランチはご予約優先
駐車場 有 (4台)